皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。
神戸の東須磨の教師による同僚いじめ犯罪は、今でも怒りが禁じえません。
ただ、あれは氷山の一角です。
私が以前より主張してきた教師いじめの実態を広く知っていただき、全国の被害者の先生方を救い、加害者を一掃する一助としていきたいと考えています。
さて、あの神戸のケースもそうですが、「いじめ防止担当・人権教育担当」教師が、同僚をいじめるケースがあります。
また、「指導力が高い」と言われている教師が同僚をいじめるケースもあります。
この背景について分析し、対応策について述べていきます。
※いじめの分類に関しては、以前書いた下記のブログを参考にしてください。
◆先生、それは教師同士のいじめですよね?➀
◆先生、それは教師同士のいじめですよね?➁
目次
権威性と攻撃性
分掌主任や何らかの委員会主任等で学校を動かす立場にあり「指導力が高い」と言われる教師(以下、「中心教諭」と表す)は、権威を持ちます。その権威が攻撃性を持った時に、その教師はいじめに走るのです。
そうさせないための対応策は個人レベルと組織レベルに分かれます。
個人レベルでは「引け目を感じないこと」です。引け目を感じて弱腰になると、加害者は一気にマウントをとって攻撃的になります。
そして、組織レベルでは、適切な「校内人事」となります。一人ひとりの教師がそれぞれのポストの主任、担当を務めていくことが大切です。一部の教師だけが主任のポストを続けると、いびつな権力が生じやすくなります。
個人的対応も組織的対応も意識すれば必ず功を奏します。
以下に具体的に述べていきます。
指導力、実績を権威と勘違いする「中心教師」の加害実態
「中心教師」がいじめに走る際、その被害者となるのは、相対的に仕事ができない(ように見える)教師です。
例えば、
進路指導部にて実績のある教師が、同じ分掌の他の教師にきつくあたる。
算数の実践で有名な小学校に長く勤めており実践をけん引する教師が、異動してきたベテラン教師を馬鹿にして悪口を吹聴する。
肢体不自由特別支援学校に長く勤務している教師が、知的障害特別支援学校から異動してきた教師にきつく当たり、「使えない」と吹聴する。
人権教育に熱心な学校の人権教育推進教師が、異動してきた教師の人権教育に対する姿勢をダメ出しして、罵り始める。
等々。
その他にも具体例はたくさんあります。
空想的な有能感
このような「中心教師」は、空想的ともいえる「有能感」に浸っているわけです。
自分がやっていることは唯一無二のもので、「自分は偉い」と勝手に思い込んでいるのです。
このような教師は、以下のことに気付いていません。
それは、その指導力・実績は「今いる学校だけでしか通用しない」ということです。
その学校に長く勤務しているために、相対的に自分が良く知る立場、良くできるよう見える立場になっているだけです。
学校が変われば、自分の立場も変わるわけです。そのことが分からず、「自分が偉い」と勘違いしているわけです。
コミュニケーション能力の不足
同じ「中心教師」でも、同僚に丁寧に接して、児童生徒のために協力して教育実践を進める教師もいます。
この差は何か。
それは、コミュニケーション能力だと考えます。
権威性を持ちいじめに走る「中心教師」は、新たな学校で分からないことが多い状態の教師を「疎ましい」と思うのです。
分からなくて当然、とは思いません。そして、イライラをぶつけ始めます。
また、その同僚たちが反論等しなければ、「自分のやり方が正しい」、「自分はこの学校で○○について一番知っている。だから偉い」と考えるのです。
そうなると、コミュニケーションをとるのではなく、自分に従わせようとします。その過程で、特に気に食わない同僚などがいると、罵倒し、自分の取り巻きを含んだ脅迫、傷害等に発展することがあるのです。
一方で、同僚を大切にする「中心教師」(中心教師に限らない)は、異動してきたばかりの同僚に対して、声をかけます。
この学校の流れやシステムが分からなくて当然だ、という姿勢でいるのです。そして、相手が分からないことは教えていくことで、学校運営をする大きなマンパワーが大きくなることを知っています。
よって、声をかけ、コミュニケーションをとって聞いたり教えたりするのです。
それが、同僚のためでもあるし、組織、児童生徒のためでもあるのです。
引け目を感じないで
異動してきたばかりだと、ベテラン教師であっても分からないことが多くあります。
特に分掌や研究等については、学校独自のものが多いですね。
そうなると、「分からないから、『郷に入りては郷に従え』で大人しくしておこう」と思われる先生も多いことでしょう。
基本スタンスとしては正しいです。やはり、分かっている人の言うことを聞いて動くことが組織では重要となります。
しかし、学校だけではありませんが、「うちではこういうやり方ですから」と、頭ごなしに言ってくる場合もあります。
前述したいじめに走る「中心教師」もそうです。
もしそれで質問をして適切な答えが返って来なかったら、「自分は分からないからな」と引け目を感じる必要はありません。
また、「こんなことも分からないの?」と言われたら、
「はい。来たばかりなので」と毅然と言いましょう。
そのいじめに走る「中心教師」とて、異動したら「分からない」状態になるのです。
だからこそ、謙虚に「教えてください」と言って、それに理不尽な攻撃が帰ってきたら、毅然とした態度で臨めば良いのです。
何も悪いことはありません。
適切な校内人事で加害教師を黙らせる
校内人事でありがちなのが、密室での会議で「○○先生には、主任は任せられない」、「△△先生でないと、この仕事はできない」という話が交わされて人事が決まっていくということです。
また、事前に管理職に呼ばれて、何らかの主任等をお願いされた先生が「私にはできません。無理です」といって断るということもあります。介護や育児といった事情抜きに、自分を過小評価したり、ただやりたくないという理由からです。
このような慣例が残る職場では、いじめに走る「中心教師」が生まれやすいのではないでしょうか。
「中心教師」とは言っても、ある特定の分野に精通しているだけです。しかも、その学校の中だけで。
であれば、その他の教師も何らかの精通した分野を持てば良いわけです。ポスト的に足りないとは思いますが、「消極的だから任せられない。異動してきたばかりだから任せられない」というスタンスでは、特定の「中心教師」が力を持ってしまいます。
そうではなく、同じ教員であるわけですから、適切に主任のポストや教科内、学年内でのポストを各自が担うようにすることがベターだと思います。
そして、いじめに走りがちな「中心教師」が知らない・手を出せない職務内容を粛々とこなせば良いのです。
そうすれば、迂闊に理不尽なことは言い出せないようになります。
ただし、初めて主任等を担う先生方には、サポートする教師が誰なのかを明確に示して安心してもらうことも必要です。
教師も人間です。得意分野もあれば、苦手分野もある。苦手な分野の主任を担うこともある。それはお互い様。
誰かが担ってくれているからこそ、その分野が回っているわけです。そのように考えれば、感謝の気持ちすら生まれますし、困っていたら、立場に関係なく手助けしたくなると思います。
教師は専門職ですが、「名人芸」を行うのが当たり前なわけではありません。
「名人芸」を行う教師がいたとしても、それはその場に長くいるから、その職務をずっと続けているからであり、「偉い」ということにはなりません。
今一度。「中心教師」本人も考えなければなりませんし、周囲の教師も、「中心教師」への見方や、自分自身の仕事に対する姿勢を見直してみる必要があるのかもしれません。
全員で協力して、学校をつくっていく。
その姿勢があれば、役割を担った代表を周囲で支え、自分が担った役割を果たそうとする先生方が増えていくと思います。
そうして、「中心教師」によるいじめも減っていくことを願います。