皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。
同僚からいじめられている先生方がいます。この問題を解決せずして、学校の正常化はありえません。
加害者は居座り続け、被害者が去る現状。
この問題を解決すべく動いていきます。
今回は、被害者の先生が自責の念に苛まれるのを防ぐために必要なことについて書きます。
被害者の先生に必要なのは、自分で現状を「認める」こと
真面目な先生は理不尽にいじめられたと際、怒りも沸きますが、その後、自分を責めてしまうことが多くあります。
すると、加害者にみではなく味方であるはずの自分からも二重に責められ、大きく傷ついてしまう。
そのような辛い状況に陥らないようにするために必要なことは、「認める」ことです。
何をか。それは、今自分の身に起きていること、つまり「理不尽にいじめられている」ということをです。
そうすることで、感情的になり自分を見失うことを防ぎ状況を変えていく流れを、以下に説明していきます。
明らかにいじめ。それが職員室でも起きている
教師いじめに関する内容のブログを過去に書きましたので、こちらも参考にしていただければと思います。
◆先生、それは教師同士のいじめですよね?➀
◆先生、それは教師同士のいじめですよね?➁
身勝手な理由で同僚をいじめる教師がいます。
いじめて、心理的な浄化を得て、自分が「快」、「悦」に入るわけです。
他者の不幸の上に自身の幸福(快)を得る、この状況・・・
日本の至る所で起きています。
しかし、表には出ません。
見て見ぬふりをしているからです。
被害者は泣き寝入り。
私のように、問題視して本人や管理職にかみつくと干されます。
これが現実。
ただし、いじめという犯罪行為を放ってよいわけがありません。
加害者を一掃し、被害者のいない職員室を作ることに尽力しなければなりません。
確かに、現職だと言いにくい面があると思います。だからこそ、私のような外の人間が声を上げねばならない。
それでも、少なくとも管理職は、見て見ぬふりは許されないのではないでしょうか。
しかし・・・・
このように嘆いてばかりいても被害者は増えるばかりです。声を上げると同時に必要になること。
それは・・・
被害者本人の動きです。
それこそ、現状を「認める」ことに他なりません。
理不尽であろうと、起きていることは事実
同僚から理不尽に攻撃を受けたとします。
納得できませんよね。当然です。
しかし、優しく真面目な先生の場合、相手を直接責めない。
「何で自分が責められないといけないんだろう。何で自分はこんななダメなんだろう」と、責められていることへの憤りを自分に向け始めます
「自分がしっかりしていないから、意味不明な攻撃を受けてしまう」と。
いいえ。違います!
しっかりしていない、おかしいのは、理不尽に攻撃をしてくる同僚です。
そこを間違えないために・・・。
起きている事実を認めるのです。
正当だろうと不当だろうと、今、責められている。攻撃を受けている、と。
そこから動くのです。
理不尽に攻撃してくる者は、相手を選んでいます。
「こいつになら大丈夫だろう」と。
よって、「なぜ、自分が・・・」と理不尽さを嘆いていても攻撃は止みません。
だからこそ、起きている現実を認識する。
そして、現実に対して立ち向かう、冷静に。
そうです。冷静になるために、客観的に「起きている事実」を最初に認めるのです。
認めたら、「これ、おかしいよな」、「こんなのに時間を割くのは勿体ない」、「誰に相談すればよいか」、「どこに訴えればよいか」という考えが生まれます。
何よりも、自分自身に非がないということを冷静に確認できるので、相手に対して必要な策を感情を排してぶつけることができます。
面と向かう勇気などない
冷静になったらこっちのものです。
「時間がもったいないので、早く決着をつけましょう」という態度で向き合っても大丈夫です。
「あなたが言いたいことを言ったので、私も言いたいことをいいますね。早く解決するために、校長室で校長に判断してもらいましょう」と言っても大丈夫です。
まず、理不尽な相手は、面と向き合う勇気などありません。
勝敗の問題ではありませんが、短時間で遠ざけることができます。
「あっ、私、いじめられているな」と事実を認めること。
そこから、事態は動きます。
真面目な先生方。あなたの大切な時間を理不尽に奪い、人格を攻撃する同僚に屈してはいきません。
児童生徒のためにも、自分を責めずに、適切に意味不明な脅威を撲滅していきましょう。