皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。

経験的にも、私は思います。

「『真面目』を揶揄し馬鹿にする風潮が蔓延すると、組織が崩壊する」と。

学校現場にもその雰囲気があります。今回は、そこを打破する方法について述べていきます。

真面目を厭う集団の常套句

皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。

「なに、格好つけてんの?」、「くそ真面目だね」、「真面目ちゃんだね」、・・・、「意識高いね」・・・。

これらは、教師として当たり前の職責を果たす先生方に投げつけられる、侮蔑の言葉です。「真面目」を厭う者たちが自己を守るために使う常套句です。

これらの言葉に傷付けられ、意欲を失い、職を捨てる先生方が後を絶ちません。

このような言葉を吐く者を一掃したいのですが、それは、また別の機会に。

今回は、このような残念な言葉が出る背景を明らかにします。その上で、対する姿勢を述べます。そうすることで、ごくごく普通の先生方が学校に定着し、自称「改革」などを叫ばずとも、学校が健全化していく流れについて御説明します。

怒りは怖れであり、悲しみである

「真面目」であることは素晴らしいことです。言われたこと、やるべきことにしっかりと取り組み、職責を果たす。これがなければ、組織は成り立ちません。

確かに、言われたことだけをやっていたのでは進歩が無い、という面もあるでしょう。しかし、そもそも、言われたことをいきなり自分流にアレンジしてやるというのは危険すぎます。

まずは、言われたとおりにやってみて、おかしな点があれば報告し修正していく。

 

このようにして、複数でものごとを考えることが当たり前になっている組織は強いですね。

「チーム学校」ということも声高に叫ばれています。まさに、個人でやるべきことに「真面目」に取り組み、できないことはフォローし合う・・・

こういった流れが不可欠なのは明らかです。

それでは、なぜ、悪くない「真面目」を攻撃する者がいるのでしょうか。

それは、攻撃する者たちは、「怖れている」からです。

自分たちの思った通りに進まなくなることを・・・。

自分たちとは考えの違う「真面目」な方たちが粛々と職務を遂行するのを見て、「否定された」と悲しくなっているのです。

怒りを攻撃に転化する背景には、怖れと悲しみがあるのです。

 

攻撃に転化する前に職務を考ましょうよ・・・

本来、悲しんでいる人には優しくするものですが、このような例は勝手が違います。

怒りをぶつける方たちは、勝手に「俺は傷ついた」、「お前のやっていることはおかしい」という主観をもってぶつけてきているわけです。

自己を基準に、「私(たち)がやりたくないことを、なぜお前はやっているんだ」という論理です。

 

そして、顕著なのは、「そんなことしたら、私(たち)までやらないといけなくなるだろ」という意味不明かつわがままな論理で悲しみ、怖れ、怒りをぶつけてくるわけです。

 

ここにないのは、教師としての職責という論理です。

 

どんな事情があったのかは知りません。日常に慣れきって、変化することを嫌い、できるだけ楽をしようと考えるに至った。

できるだけ楽をする・・・・

 

悪くはないと思うのです。職責さえ果たせば。

 

しかし、自分本位な「楽」の追求は、それこそ、教育公務員としての職責を果たしていないことになるわけです。

 

そして、さらに質の悪いことに、しっかりと職責を果たす同僚を蔑み足を引っ張るという幼稚な行動に出てしまうという点です。

 

もう、・・・

 

何度も見てきました。

 

そして、潰れていくのは被害者である「真面目」な先生方なのです。

 

こんなバカげたことを見逃して良いわけがありません。

「そうですが。それが何か?」でいきましょう!

「なに、格好つけてんの?」、「くそ真面目だね」、「真面目ちゃんだね」、・・・、「意識高いね」・・・

 

といった類の理不尽かつ幼稚な言動への対処法は、

 

「真面目ですけど、何か?・・・問題でも・・・ございますか?」

 

と、自分を主張してみることです。

 

何ら問題ないですし、当たり前のことを当たり前以上にやる「真面目さ」を誇っても良いではありませんか。

 

相手は、何も言ってこないだろうと甘く考えて、言いたいようにネチネチと攻撃してくるわけです。

 

「問題があれば、管理職や教育委員会にでも報告すれば良いではありませんか。どうぞ」とでも言ってやりましょう。

 

必ず、好転します。

 

一点注意です。

 

必ず、他の教職員が入る場所で、聞こえるように言ってください。

 

傍観していた同僚の意識を変えるためにも、そして、他にも証人がいるということで、そこでの話の内容を歪曲させない効果もあります。

 

「誰が言うか」を許してはならない

結局、理不尽に同僚を攻撃する者は、言うことに抵抗を感じていないわけです。止められる圧力がない。自分は何を言っても許されると思っている・・・

職場での長年の風習がそのような状況を作り出しているケースは多いです。

異動のスパンが短くなると、その問題教師よりも勤務期間が短い同僚が多くなる。すると、迂闊に注意もできない。

・・・分かります。

しかし、人として許してはならないことがまかり通っている職場って、どうなんでしょうか。

それが原因で、何の罪もない方が苦しみ辞め、命の危険にまで陥る状況・・・。

私は許せません。

現職時代、言ってきました。突っかかって、大変疎んじられました。

でも変えられなかった。

今も悔しいです。

でも、今は共に闘う仲間が学校内にも外にもいます。

流れを変えたいです。

理不尽な力が君臨するような職場、「誰が言うか」で決まっていく職場なんていらないです。

普通の先生方が当たり前に仕事ができる職場。そこを創りたいです。

今、お悩みの先生方、どうか「真面目」であることを誇ってください。

あなたは素晴らしい!

「改革」などではなく、当たり前の対処を全員でしていきませんか?悪いものは悪い!良いものは良い!

「教師としての在り方に自信を持つために!」