皆さんこんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。

センター試験が近付いてきました。この時期になると、私はいつも高3の時の担任の先生の言葉を思い出します。

それは、「受験は団体戦」という言葉です。

20年以上経っても言われた状況とともに鮮明に思い出せます。

必要な時に必要な言葉が蘇る。教師の言葉には、それだけの力があると思います。

「何を言うか」が、やはり大事だと思います

カリスマ教師だとか何だとか・・・そのようなことを意識する必要はないと思います。そこに意識を向けると、良くも悪くも、「誰が言うか」で物事が決まる状況に違和感を覚えなくなる恐れがあるからです。

教師一人一人が自分の言葉で、目の前の児童生徒を指導し、論理的に諭し、時には情熱的に理屈を超えた内容を伝えていくこと

それが、求められているように思います。

以下、私の脳裏に焼き付いている「受験は団体戦」について、具体的に述べたいと思います。

生徒の動きに反応を示す

今から20数年前の12月。私が在籍する3年9組の教室は、緊張とイライラが蔓延していました。推薦で進路が決定したクラスメイトがきつくあたられるような場面もあり、雰囲気は最悪。

担任のA先生の数学の授業でも、叱咤激励の言葉を素直に受け取れず、イラつく友人もちらほら。それでもA先生は、自分のペースを崩しませんでした。

そういう雰囲気が朝、帰りのHRにも残り、A先生が話すと顔をそらす友人も・・・。それでも、A先生は受験の心構え、日常生活の大切さを常に説いていました。

ある朝、A先生が来る前、「受験なんか一人でやるんだから、もうほっとけよ!」という声も教室に響き渡る始末。私は、「受験って何なんだろう・・・」と一人ぼんやり考える日が続いていました。

そして冬休みに入り、あっという間に勝負の3学期の始業式。

朝、教室の後ろの黒板に、「気合い」、「根性」の文字が書かれました。書いたのは、普段は控えめな女子でした。学級の雰囲気、教師と生徒の関係が悪化していくことに耐えられなかったのでしょう。

最後は自分との闘い、ということを思い出させてくれる言葉でした。

その言葉を目にしたA先生は、「おっ、いいねぇ!」と笑顔で反応しました。そのストレートな反応に、9組はまとまりを取り戻しつつありました。

それから、センター試験までの2週間程度、授業もHRも心地よい緊張感のもとで展開されていきました。

想いを余すことなく伝えるタイミングがある

センター試験が終わり自己採点。そして、私大入試と国公立2次試験までの自宅学習を前にLHRが行われる日。

後ろの黒板に、ある言葉が付け加えられていました。

その言葉とは・・・

友情」です。

この言葉は普段物静かな男子が書きました。

A先生は教室に入るなり、この言葉に反応し、

「俺は嬉しかぞ!お前たちの気持ちが嬉しか!そうたい、受験は一人で乗り切るもんじゃなかと。みんながおるよ。受験が近付いて苦しか時は、友達のことば思い出せ。自分ば励ましてくれたあいつのことを思い出せ。9組で過ごしてきた日々ば思い出せ。お前たちは、本当によう頑張ったし、厳しかことば言われても最後までついてきた。だから、残り僅か。最後まで、全員で走り切れ!」

「受験は団体戦ぞ!」

と。

※臨場感を出すために、方言のまま書かせていただきました。

A先生は、「友情」の言葉と今、そして来た道のりをリンクさせ、その場で、自分の言葉で語りました。

この時の情景は、私の脳裏に焼き付きました。

確かに、教師には、感情を出すのは良くない場面もあります。しかし、沸き上がる感情をそのまま表現して、児童生徒にぶつけていくことが年に数回はあると思うのです。

A先生は、生徒の気持ちを受け止めた上で、自分の気持ちを返してきました。絶妙のタイミングで、分かりやすい言葉で。

想いの乗った言葉は、必要な時に聞いたものを鼓舞する

さて、いくら脳裏に焼き付いたとは言え、四六時中、「受験は団体戦」という言葉が私の頭に浮かぶわけではありません。

それでも、必要な時に浮かび、私の在り方を他者に示す助けとなってくれるのです。

私は教師として高3学年を担任しましたし、授業の担当もしてきました。そのような年には必ず、「受験は団体戦」とい言葉が頭に浮かびました。

そして、先に進路を決めた場合の言動や、なかなか進路が決まらない場合の心の持ち方を早い時期から指導していくことができました。

スムーズに指導が行き渡らない時もありましたが、私の受験指導の根底にある教師としての在り方を生徒たちは理解してくれ、最終的には「受験は団体戦」を体現してくれました。

私は、たまたま教職に就き、A先生と似たシチュエーションを経験することが多くあっただけです。教職についていない同級生も、社内での様々な競争において、「相手を欺いたりすることは絶対にしない」、「『同じ会社の同僚・仲間だ』ということを忘れないようにしている」と言っていました。

一教師の言葉は、年を経ても、必要な場面で、教え子たちの心に残っていくものなのです。

その要因となるのは、カリスマ性などではなく、「自分の言葉で」、「言うべきことを」、「言うべき時に」、「感情を込めて」言うことではないでしょうか。

まとめ

教師の発言の揚げ足をとったり、一部を切り取って批判する動きが蔓延しています。

しかし、先生!大丈夫です!あなたが信念を持ち、伝えるべきことを伝えているのであれば、何ら恐れることはありません。

あなたの言葉が児童生徒の未来を創るのです。その効果が出るのが数十年後であっても、あなたが果たした職責は素晴らしいものなのです。

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