◆気分の落ち込み → イライラ → 怒り → 無気力 → 悲しみ → 絶望 → 罪悪感 → 自責・・・
(眠れない ・ 食事がとれない ・過食に走る ・ 倦怠感 ・ 頭痛 ・ 腹痛 ・ 胃の痛み・・・)
こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。冒頭に書いた心身の症状は何かお分かりになりますか?
はい、そうです。うつ病の症状の一種です。これは、私が経験したものを書きました。特に、気持ち面での症状は辛く、この無限ループが続きました。
また、うつ病の辛い点は、再発することもあるということです。
しかも、うつ病は誰もがなってしまう恐れがあります。
しかし、学校現場での取り組み、行政、医療と連携した復帰訓練等が行われていますが、まだまだ改善していかねばならない点は多数あると考えます。
私の経験、見聞、カウンセリングのセッションを通して見えてきたことを、整理して述べていきたいと思います。
今回は、「うつ」に苦しむ先生に掛けたい言葉についてまとめます。そして、同僚の先生方の働き方について提案したいと思います。
目次
休職していない先生に配慮を
「うつ病などの精神疾患による病気休職者の教職員は、5000人前後で高止まり」というニュースや新聞記事を、ここ数年目にします。この数も多いですが、忘れてはならないのは、「うつ」でありながらも働いている先生方の存在です。今回は、そのような先生方に焦点を当てて考えていきます。
その先生方にかける言葉は、「ありがとうございます(ありがとうございました)」だと私は考えます。
マイナスの認識を捨ててみる
「うつ」でも働く先生は、人一倍責任感が強いです。そして、巷では、「真面目過ぎる」、「完璧主義だ」と揶揄されることがあります。
しかし、周囲のこのような気持ちを、「うつ」の先生は感じ取ります。そして、さらに自分を追い込んでいくという悪循環になってしまいます。
考えないといけないのは、その「うつ」の先生が、なぜそのように仕事を抱え込んでしまっているのか、ということではないでしょうか。同僚として、手助けできることはないのか(なかったのか)、という考えを持つ同僚が多くいれば、「うつ」はひどくならずに済みます。
マイナスの認識で、心を痛めている人をさらに追い詰めるのではなく、「どうすれば」の視点が必要だと思うのです。
たった一人であっても大切な理解者の存在
「うつ」になっても、人一倍仕事に励む先生がいます。その働き方が成立する背景には、必ず理解者がいることが多いです。
それは、働き方への理解者ではありません。存在そのものを肯定してくれる同僚です。私が「うつ」になった時、「もう無理だ」と思っても、結局休みませんでした。その理由が理解者の存在です。
私の経験から
初任校で「うつ」になった際には、教職員数130人を超える大規模校の中で、数人の同僚が、「平田さんのおかげで回っている」、「よくやってくれているよ。ありがとう」、「いつもありがとう」と辛いときほど声をかけてくださいました。
ある程度の理不尽(人格否定などではない)はどの職場にもあり、それを超えることで成長できます。周囲の先生方は、私の教育活動の浮き沈みを見守り、助言し、そして、窮地に立った時には守ってくださったのです。
中堅の立場で「うつ」が再発し心が折れそうになった時には、言葉には出さずとも、いつも見てくれる同僚がいました。その方は、会議などで、私の名前こそ出さないものの、明らかに私への気遣いと思える発言を何度もしてくださいました。
例えば、「夏休みの受験対策の補習は、教科内でローテーションすべきだ」などというものがありました。自分ではなかなか言いにくいことをピンポイントで提案してくださったのです。
これは、私の行動のみではなく表情も観察して、私がどのような立場にあるのかを理解してくださっていたらからこそできる技だと思います。
ある先生の経験から
これは中学校のA先生から伺った話です。A先生と馬が合うB先生は、いつも遅くまで残り、多くの仕事を抱えていました。そして、どこか追い詰められているような表情が見て取れたそうです。
しかし、B先生はA先生と話すときは水を得た魚のように生き生きとなったそうです。A先生は、「Bさん、いつもありがとう。本当に助かるよ」と事あるごとに声をかけていたのです。
それでも別れはやってきて・・・
A先生が異動することになりました。そして、数年後、連絡が途絶え、風の便りにB先生が心を病んで退職されたということを、A先生は聞くことになったそうです。
A先生は、「もしかしたら、自分のような存在でもB先生にとっては大きな支えだったのかもしれない。異度する前に、他の先生に、B先生に寄り添ってくださいとお願いすべきだった・・・」と悔いていらっしゃいました。
B先生は、辛くても苦しくても、その自分の働き方を信じたかったのかもしれません。そして、それはA先生と取り組む日々の教育実践が、御自身の支えとなっていたということであったように思われます。
存在に感謝
二つの例は、辛い状況でも教師としての職責を果たす先生をあるがままに認める「ありがとう」の言葉が使われています。
「ありがとう」、「助かります」というのは、比較することなく相手を承認することばです。だからこそ、私もB先生も存在を認めてもらえる嬉しさから、その存在があるうちは何とかやり抜くことができたように思うのです。
逆に言えば、自分の存在を認める相手がいなければ、やってはいけなかったということでもあるのです。
余計に追い詰める言葉
「うつ」の方に直接的、間接的に掛けられる言葉として、「何でもっと早く言わなかったのか」、「そこまでしなくて良かったのに」というものがあります。
これらの言葉は、「うつ」の先生にしてみれば「否定」として受け取られてしまいます。自分がしなかった、できなかったことを責められているように感じてしまうのです。
職場環境はどうだったのか
そもそも、一人の教師の働き方が「うつ」という結果になってしまったわけです。それは、その先生の性格や認知の問題だけに帰するべき問題ではありません。
「こうなる前に・・・」などという言葉は、何ら生産性がありません。言えない環境であったかもしれませんし、自然と一人の教師を追い詰める要素があったのかもしれません。
やはり、職場環境として、良くなかった面があったのではないかと、他の教職員は考える必要があります。
「ありがとう」と言ってみる
ある先生が辛そうだ。「うつ」と診断された・・・
そのような状況があるのならば、「〇〇先生、いつもありがとうございます。助かっています」と言うことを提案します。
また、もし病気休職に入られることになるのであれば、特に管理職は、「本当に、ここまでやってくれてありがとうございました」と、その先生の存在をあるがままに認めて、ゆっくり休むように促していただきたいと思います。
私は、セッションで「悔しい」、「情けない」と涙を流される先生を前にします。その際には、「本当に、子どもたちのため、未来のためにありがとうございます」とお伝えしています。自責の念や絶望感に苛まれている先生方を受け止め、その尊い存在を認めることが、私に課せられた重要な責務のように考えています。