皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。

3月も末ですね。異動が決まった先生もいらっしゃることでしょう。

私の最初の異動は希望に満ちていました。自分の専門性が発揮できる校種に異動できることが決まったからです。

しかし、そこにあったのは希望ではなく絶望でした。私は、異動数カ月でうつ病になってしまったのです。

今回は、自己のうつ病体験について書いていきます。

身近にあるうつ病

うつ病は、本当にいつ誰がなってもおかしくありません。
自分の経験をもとに、うつになる一因とその後の選択について述べます。現在、働くのが辛くなっている方、うつ病と診断されて悩んでいる方の参考になれば、と思います。

攻撃の理由は、いかようにも作られる

最初の異動で、念願のろう学校に勤務できることになった私は、「専門性を発揮して子どもたちの成長に貢献したい、〇〇県の教育の発展の力になりたい」と意気込んでいました。

しかし、勤務校はそのような人間は望んでいませんでした。

逆に私は「出る杭」以外の何者でもなかったのです。

手話を普通に使い、いきなり高3の担任に抜擢されたことを不愉快に思う方々がいました。

それは、同じ学部ではなく、他学部だったのです。意味不明ですが・・・

それが、どのような形で現れたかと言うと、分掌です。

私は研究部だったのですが、最初の分掌で役割が決まりました。それは、大きな研究大会の取りまとめの役だったので、講師選定をしなければなりません。

2回目の分掌で、昨年までのやり方に倣って提案をしたら、他学部のベテラン教師2名から「攻撃(口撃)」を受けました。

「そんなやり方では分からない」、「あなた、何でもできるんじゃないの?しっかり考えて!」と。

当たり前のことを当たり前にこなしているだけでしたが、それが許せなかったのでしょう。怖ろしいことですよね。自分たちの学校で学部同士でつまらない「覇権争い」をしているわけです。

それまでの高等部の教員のタイプと違ったのでしょう。

覇権を乗っ取られることを恐れたのでしょうか?くだらないですね。

ただ、後日明らかになったところでは、最初に書いたように、「手話ができること」などが癪に障ったようです。

学校によってはこのようなことも妬みの要因になります。

また、大学が地元ではないということも「学閥」を重んじる人間にとっては面白くなったようです。はい、くだらないですね。

しかし、このようなことが理不尽ないじめの要因になってしまうのです。

「すみません」の使い方に要注意

その後、理不尽な2人の教師には無視をされたり、文句を言われ続けることになります。

1回きりではなく、それが続いた大きな要因は、「すみません」の使い方にあったのです。

「そんなやり方では分からない」、「あなた、何でもできるんじゃないの?しっかり考えて!」と最初に攻撃された際に、私は「すみません」と謝ってしまいました。

なぜそういうことを言われるのか意味が分からず、ただ怒っている様子に気が動転してしまい謝ったのです。しかし、私に非がないと思うのであれば、返答として必要なのは、「なぜでしょうか?昨年度までと同じやり方ですが」、「どこが分からないか具体的に教えてください」、「何でもできるとはどういうことですか」と感情的にならずに、かつ毅然とした態度で言うことだったのです。

私の「すみません」は、「餌食になる」との判断材料になってしまったのです。

相手の発言が普通か、理不尽かに関わらず、会議の場であるならば、自分自身も意見を述べて良いのです。

ただ、当時の私にはそれができなかったのです。

希望の校種で働けることへの希望にあふれており、危機感がありませんでした。

その隙がよくありませんでした。

まさに、「好事魔多し」の例です。

自分を責めてうつ病に

私は、2人の理不尽な教師に怒りを覚えましたが、何も言い返さず事態は悪化していきました。

分掌の担当の仕事がうまく進まないことが、四六時中頭から離れなくなったのです。そして、「俺、何やってんだ。こんな簡単な役もこなせないなんて馬鹿だ」と自分を責め始めました。

「何で、もっと別の言い方をしなかったんだ」とまで考えるようになっていきました。冷静に考えれば、誰がやろうとも最初はあの言い方しかしないのですが・・・。

結局、うまくいかない原因を自分に求め、無理やりにでも自分を責め、一方で断続的な嫌がらせを受け・・・・

こうして、私は「うつ病」と診断されました。

心療内科にも通い薬を処方されました。しかし、一時的な効果はありますが根本的な解決にはなりません。

そこで私は考えたのです。

「このままでは良くない」と。

自己分析してみたら、自然と答えが出た

私は、自己分析をしてみました。「自分とはどのような人間か?」と。

そうすると、休職をしても自分を責めてしまい悪化するタイプだろうと結論が出ました。

そして、「ここを去ろう」と結論付けたのです。

そのために教員採用試験の再受験を考え、勉強を始めました。そして、次年度は環境が変わるという希望のもと、勤務を続けることができたのです。

生徒のことでうつ病になったわけではないので、生徒と接することもプラスに作用しました。自分自身が教師で居続けたいということを強く確信しました。

そして、他の自治体の教員採用試験に合格することができました。

選択肢は複数ある

私は、うつ病でも勤務を続けました。

これは、当然、唯一の解答ではありません。休職するのも選択の一つです。

自己を客観的に見ることができないほど辛い時は、まずは休むことをお勧めします。そして、休職か続けるかを判断しても充分間に合います。

また、転職するのも一つの方法です。

選択肢は複数あります。

しかも、絶対的な解答はないと思います。相談は必要ですが、最後決定するのは自分自身です。納得のいく選択をするためにも、自分を見つめる時間を確保することが必要だと思います。

人はいかようにも言います。

「えっ、そんなことで悩んでるの!?」、「考えすぎだよ!」等々。

しかし、悩みは個人にとって絶対的なものであり、他者との比較で軽重が決まるものではありません。

誰に何と言われようとも、自身が身動き取れないほど辛い時には、まずは立ち止まってゆっくりされると視界が開けます。

まとめ

うつ病のきっかけは身近にあります。心にダメージを負った際に、自分を責めるのではなく労わることができる場を確保しておくと良いと思います。

その中の一つとしてお役に立てるように、私も日々努力いたします。

うつ病に苦しむ先生方、今後の選択も含めて御相談に乗らせていただきます