こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。私の自宅の近くのリカーショップの前には、土日になると朝から蛍が飛んでいます。

というのは冗談で、近所のお父様方が喫煙するために、灰皿が置いていあるこの場に集まってくるのです。公共施設や飲食店のみならず、自宅でも「禁煙」が進んでいることを物語っているように思います。

学校も敷地内禁煙となり、喫煙される先生方は門の外で喫煙されていると思います。しかし、私が初任者だった17年前、職場には「タバコ部屋」なるものが存在していました。公式(?)には「喫煙室」です。

ただ、タバコを吸わない私にとっては「タバコ部屋」でした。それは、「愛の説教部屋」だったからです(笑)。そうです。私はタバコを吸わないにも関わらず、喫煙室に出入りしていたのです。そこで、多くのことを学びました。

今回は、今は無き学校の喫煙室にスポットを当てて、考えていきます。

※なお、この文章が、喫煙による健康被害を肯定するものではないということを御理解いただけると幸いです。

リラックスできる場の効用

喫煙室はリラックスできる場だったのでしょう。そこで交わされる本音のトークは、年齢、性別問わず成長の源となっていました。気分の切り替えをする場としても意義はあったように思います。

やがて、撤去され、「調査」の嵐がやってきました。リラックスできる場はなくなり、その代わりにストレスの元が・・・。

この流れを整理して、職場のゆとり、教師の成長について述べていきます。

息抜きとゆとりと成長と

喫煙をすることで、息抜きをする人々。これは教師も同じです。その場が職員室内にあった頃、どこかゆとりがあったように思います。喫煙で息抜きをして、すぐに残務に取り掛かる、部活動に行くなど、気持ちの切り替えに一役買っていたように思えるのです。

そして、ゆとりのある教師が話す言葉には説得力があります。それは、相手を追い詰めようとしていないからかもしれません。

初任者だった17年前、私は、喫煙室のあった職場で、ゆとりのある同僚から多くのことを学びました。最も良かったと思えることは、その日のうちに自分の「評価」をしていただけたということです。

例えば、(肢体不自由養護学校 ※当時)生徒のお迎えに来た保護者に一日の様子を話している時の態度について。無意識のうちに足を交差させて話していることがありました。このような細かいことであっても、指摘されました。

初任者は教師であることに間違いありませんが、条件付き採用であり、多くのことを教えていただく立場です。最初が肝心。無意識のうちに出てしまう態度が、今後信用される教師になるかどうかを左右する要因になりかねません。

そのことをしっかりと、伝えてくださいました。そして、言ってくださるのは、その事実が確認されたその日でした。そのうち、8割が「タバコ部屋」・・・。

私は喫煙しないので、少々苦しかったのですが、柔らかな表情で嫌味なく、理由を付けて指摘していただいていたので、ものすごく腑に落ちました。

そして、これは後々気付くのですが、これが「OJT(この言葉は好みませんが、あまりにも多く目にするのであえて)」だったのだと思うのです。

相手の専門職としての知識・技能を高めるために、分かっている者が助言指導をする形。それが自然と行われていたのです。言いにくいことであっても、相手のこと、子どもたちのことを思えばこそ、言わなければならないことがあります。

そのようなことを気付いた人が自然に口にして、受け取る側も自然に受け入れる環境があったことを知っていただきたいと思います。

教師の成長は、自分自身の意識的な研鑽は当然ですが、周囲の助言・指導が支えていることを知ることができた初任校に感謝の気持ちでいっぱいです。

必要なものは何か

教師2年目、喫煙室は校外に。喫煙室ではなく、喫煙場になりました。そして、教師3年目、遂に敷地内禁煙に。喫煙場は校外に。全国的な流れです。このこと自体は当然の流れで、全く異を唱える余地はないです。

ただ・・・

喫煙室が職員室内になくなると同時に、職場のゆとりが減少していったように思うのです。同僚の表情も心なしかきつくなったような気がします。

時を同じくして調査類が増えてきました。必要なものもありますが、不要と思われるものもあります。アリバイ作りのために「こなす」作業のような調査。教師のゆとりを失う一員であることは間違いありません。

喫煙室が気持ちのゆとりを生み出すのに一役買っていたという事実。また、そこは一つの社交場であったという事実を考えた時、そこに変わる場が欲しいと、今更ながら思うのです。

教師一年面で退職を決意する人。ベテランでありながら、「もうやっていけない」と教育現場に失望する人。この方たちのことを「教師に向いてなかった」、「適応力がない」と切り捨てる風潮。私は違うと考えます。

確かに、自分自身に問題があり、離職する方もいることは認めます。しかし、私が出会い見聞きした中で教職を去った方々は指導力が高い方が多かった。そして、教師一年目で命を絶った方の追い詰められた状況を知り、職場環境に課題があることは明らかだと、私は考えるのです。

学校現場に必要なもの。それは、お互いが相手を思いやり、高め合っていける土壌だと思います。そのためには、自分のことで精いっぱいにならずに済むような「ゆとり」こそが求められているように思うのです。

できることはある

ゆとりを生むためにできることはあるはずです。少子化で空いた教室があるのであれば、そこを教師のためのフリースペースにすること。特別支援学校のように空き教室不足の現状があるならば、児童生徒の下校後に、既存の教室を使用するのでも良いと思います。

あと、「定時退庁日」の定着の前に「不要な作業」をなくすこと。「定時退庁日」が設定されていても、膨大な作業を抱えている教師は、定時に帰ったら別日にそのツケを払うわけです。

この構造が、なぜ分からないのか。考えようとしていないのか。ずっと疑問でした。施策を作成し下す立場の方々、現場に必要なことは何でしょうか?そこをしっかりと考えてください。いろいろな意見が上がってきていると思います。

教師にゆとりが生まれれば、児童生徒に好影響が与えられます。ぜひ、よろしくお願いします。

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