中学校の新任教師として赴任したばかりの山田先生(仮名)は、3年生の「二次関数」の授業でプロジェクターを使う予定でした。前日にきちんと予約していたにも関わらず、当日朝になって「貸出できない」と告げられ、急遽黒板での説明を余儀なくされました。授業後には「準備不足」と陰で囁かれることになります。
これは偶然の事故でしょうか。それとも組織的な嫌がらせでしょうか。
実は、このような「新人潰し」は全国の教育現場で日常的に繰り返されている現実があります。対面、オンラインで全国の先生方の相談に乗る中で、その事実が浮き彫りになりました。
目次
1. 教育現場で起きている「新人潰し」の実態
初任者への嫌がらせは、決して偶発的な出来事ではありません。全国の学校現場で確認されている事例を分析すると、明確なパターンと意図性を持った組織的な行動であることが浮き彫りになります。
これらの行為は大きく二つのカテゴリーに分類できます。一つは「業務遂行の直接的な妨害」、もう一つは「人間関係や評価を通じた間接的な攻撃」です。前者は授業準備や教材の使用を物理的に阻害する手法で、後者は保護者や同僚への印象操作を通じて新人教員の立場を徐々に悪化させる手法です。
特に巧妙なのは、これらの行為が表面上は「業務上の必要性」や「教育的配慮」といった正当な理由で包装されていることです。そのため被害者である新人教員は状況を客観視しにくく、周囲からも「考えすぎ」や「被害妄想」として片付けられがちです。
しかし実際の事例を詳しく見ていくと、その背後にある計画性と悪意は明白です。
以下に、初任者が受けた理不尽に関する事例を挙げます。
(1)授業妨害という名の権力行使
高校の新任の英語教師・鈴木先生(仮名)は、修学旅行前の重要な授業で使用する予定だった「外国人とのコミュニケーション」実践プリント150枚を、ベテラン教員によって「古紙回収と間違えた」という理由でシュレッダーにかけられました。再作成する時間はなく、授業進度に大幅な遅れが生じました。
同じく、高校の新任の理科教師の佐藤先生(仮名)は、化学実験の授業開始15分前になって突然「理科室の水道工事」を知らされ、生徒を3階から1階の旧教室まで移動させる羽目になりました。この情報は他の教員には事前に伝えられていたにも関わらず、佐藤先生にだけ直前まで隠されていたのです。
(2)人間関係操作による孤立化
中学校の新任担任の村田先生(仮名)は、3年生の進路相談で保護者面談を行う際、進路指導主事から「重要な内容だから」と同席を求められました。しかし実際には「君の説明じゃ不安だよ」といった否定的な発言を繰り返され、保護者の信頼を意図的に損なわれることになりました。
また、村田先生と同じ中学校の1年担任の中島先生(仮名)が立ち上げた昼の「自主学習」の取り組みは、学年主任によって「前例がない」「他クラスとの差が出る」と批判され、わずか2週間で中止に追い込まれました。その後、同じ副主任が類似の企画を「新しい取り組み」として提案するという皮肉な結末を迎えています。
2. なぜこのような行動が生まれるのか:権力構造の心理学
(1)既得権益の保護本能
長年同じ学校に勤務するベテラン教員にとって、新人の存在は潜在的な脅威として映ります。新しいアイデアや教育手法は、自分たちが築き上げてきた「やり方」や「地位」を揺るがす可能性があるからです。
特に管理職への道筋や校内での発言権、担当業務の配分など、限られたリソースを巡る競争において、有能な新人は将来的なライバルとして認識されます。この心理が、新人の成長を阻害する行動の根本的な動機となっているのです。
(2)承認欲求の歪んだ発現
長年教育現場で働いてきたベテラン教員の中には、自分の経験や知識に対する承認を強く求める人がいます。しかし、新しい教育理論や技術を身につけた新人が現れると、相対的に自分の価値が下がったように感じてしまいます。
この不安を解消するために、新人の能力を否定したり、失敗を演出したりすることで、自分の優位性を確認しようとする心理が働きます。本来であれば指導や支援を通じて承認を得るべきところを、破壊的な行動によって歪んだ形で満たそうとしているのです。
(3)変化への恐怖と抵抗
教育現場は伝統的に変化を嫌う保守的な組織文化を持っています。長年同じ方法で指導を続けてきたベテラン教員にとって、新しい教育手法や価値観を持つ新人は「現状を破壊する異分子」として映ることがあります。
特にICT教育やアクティブラーニングなど、従来とは大きく異なるアプローチを提案する新人に対しては、「生徒のためにならない」「基礎が疎かになる」といった理由をつけて抵抗する傾向が見られます。
3. 教育現場特有の構造的問題
(1)閉鎖性と外部チェック機能の欠如
学校という組織は基本的に外部の目が入りにくい閉鎖的な環境です。授業中の出来事や教員同士のやり取りは、ほとんどが内部だけで完結し、外部からの客観的な評価や監視を受ける機会が限られています。
この環境では、問題のある行動が表面化しにくく、加害者側も「バレない」という安心感の中で行動をエスカレートさせやすくなります。バレたとしても大きな事件性が無い限り、分限処分・懲戒処分の対応はほとんどなされません。こうして、加害者は増長していくのです。
また、被害を受けた新人教員も、相談できる外部の窓口や支援機関についての情報が不足していることが多いのが現実です。相談窓口はあるにせよ、担当者がいい加減であることもあります。産業医相談もありますが、その医師の意識が低いこともかなりの割合であります。
(2)曖昧な評価基準と主観的判断
教員の評価は定量的な基準が設定しにくく、多くの部分を主観的な判断に依存しています。この曖昧さが、恣意的な評価や不公平な処遇を生み出す温床となっています。
新人教員の「指導力」や「適性」といった評価項目は、評価者の主観に大きく左右されるため、個人的な感情や利害関係が評価に影響を与えやすい構造になっています。
4. 解決への道筋:個人と組織のアプローチ
(1)新人教員ができること
まず重要なのは、起きている出来事を詳細に記録することです。日時、場所、関係者、具体的な言動を客観的に記録し、パターンや意図性を可視化することで、単なる偶然ではないことを証明できます。
また、校外の教員組合や教育委員会の相談窓口、カウンセリングサービスなど、外部の支援機関との接点を早期に確保することも重要です。一人で抱え込まず、第三者の視点を入れることで状況を客観視できます。
(2)組織として取り組むべき改革
学校組織としては、透明性の確保と外部チェック機能の強化が不可欠です。授業観察や業務分担、人事評価のプロセスを透明化し、複数の目によるチェック体制を構築することで、恣意的な判断や不公平な処遇を防ぐことができます。
また、新人教員に対するメンター制度の充実や、定期的な面談による早期発見システムの構築、匿名での相談窓口の設置なども有効な対策となります。
しかし、あくまでも理想です。大切なのは、加害者を見て見ぬ振りせず、事実をもとに躊躇せずに処分していくことです。分限・懲戒処分がしっかりあるのですから。
5. 希望的な展望:変化の兆し
近年、教育現場でも働き方改革や組織文化の見直しが進んでいます。若い世代の教員が管理職に就くことで、従来の権威的な組織運営から協働的な運営への転換も見られます。
また、保護者や地域住民の学校への関心の高まりにより、外部からの監視機能も徐々に強化されています。SNSやオンラインでの情報共有により、問題のある行動が表面化しやすくなっていることも、抑制効果を生んでいます。
最も重要なのは、教育に携わる全ての人が「子どもたちの成長」という本来の目的を共有し、そのために協力し合える組織文化を築くことです。新人教員の持つ新鮮な視点や意欲を潰すのではなく、それを活かして教育の質を向上させる方向に組織全体が向かうことで、真に子どもたちのための教育現場が実現できるのです。
権力構造や嫉妬心理は人間の本能的な部分もありますが、それを建設的な方向に向け、全体の利益のために活用することは十分可能です。教育現場がその先進的なモデルとなることを期待しています。