皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。

今回は、「一生懸命にやっているが、うまくいかないことが多い」という自覚のある真面目な先生方へのメッセージです。そのような先生方は、ほんの少しだけ軌道修正するだけでうまくいくことが多いです。先生方の頑張りに少しでも貢献できれば幸いです。

そもそも一生懸命とは主観的なもの

児童生徒のため、学校のため、自身のために一生懸命に職責を果たす先生方には頭が下がります。ただ、一点確認していただきたいことがあります。それは、「一生懸命やっている」とは主観的な認識であるということです。

よって、相手から見たら、それがずれているということもあります。また、一生懸命は「燃え尽き」を生み出しやすい傾向にあります。

この2点を柱に説明して、そこを乗り越える考え方、働き方についてまとめます。

方向がずれたらかみ合わない

人間は向いている方向が違えば、目を合わせることはできません(振り返らない前提)。これと同じように、「児童生徒のために」、「保護者のために」、「同僚のために」と一生懸命に頑張っていても、相手と向いている方向が違えば伝わりません。

ここで言う「向いている方向」とは、「相手のニーズ」と言い換えられます。

一例を挙げます。

生徒(以下、Aさん)の成績が下がっていたとします。B先生は、放課後30分の補習を毎日行うことにしました。

・Aさんは真面目に補習に応じて、毎日教えてもらいました。

・しかし、1ヵ月続いてもAさんの成績は上がるどころか、下降してしまいました。

何が起きたのでしょうか?

・Aさんは、補習を受ける様子を他の生徒に見られるのがストレスになっていました。
→そのため、B先生の指導が頭に全く入らない状態だったのです。
・Aさんが求めていたのは、補習ではなく「プリント課題」や参考書選びのアドバイスだったのです。

Aさんが自分で、「課題をください」、「いい参考書ありますか」と言わなかったことも、今回うまくいかなかった要因の一つであることは否めません。

しかし、B先生が確認せずに、ある意味、自分の考えだけで「補習をしてあげれば、成績アップにつながるだろう」と決めたことも要因です。

それでも、B先生の「自主的な補習授業」という行為は、素晴らしいと思います。ただ、方向性がずれていたばかりに、Aさんは精神的に疲れ、成績も下降するばかりでなく、B先生自身も「一生懸命にやっているのになぜ?」という自己嫌悪に陥ってしまいました。
(あくまで、フィクションですが、よくある例ですね)

付け加えると、おそらくB先生は、過去の成功事例にそのまま当てはめた可能性があります。個々の生徒の性格や置かれた状況に応じた指導方法を選ぶ習慣を付けると、今後はうまくいくでしょう。

「一生懸命さ」は結果を求めがち

一生懸命にやること自体は素晴らしいことです。しかし、自分の意識に「こんなにやっているのになぜ?」という気持ちが出やすい人は要注意です。

理由は、常に結果を求めている状態であると考えられるからです。そこには、「これだけやったんだから、うまくいくだろう・うまくいくはず!・うまくいかないとおかしい!」という心情が見え隠れしています。

うまくいかないと、「なぜ?」、「おかしい」、「こんなに一生懸命やっているのに、伝わらない・うまくいかない・分かってもらえない」と自己嫌悪に陥ってしまいがちです。そして、突然、、燃え尽きてしまう・・・。

そうですよね。一生懸命考えて、工夫して、行動したらエネルギーを使いますし、結果に対する期待も生まれます。しかし、前述したように、相手との方向性が一致しなければ、「宝がない箇所にて、宝があると信じて採掘し続ける」状態なのです。

これでは、疲弊します。いつ訪れるか分からないゴール。これを目標に平均以上に動き続けることは酷なのです。それでは、一生懸命に教職に励むことは意味がないのか?

いいえ。そうではありません。私は先生方が一生懸命であることを知っていますし、繰り返しになりますが、一生懸命であることは素晴らしいことだと思います。

巷では、「頑張ることが、周囲を苦しめる」という言説も多く聞かれるようになりました。しかし、それでも、人間は自分が信じたことを人のため、社会のため、自分のために励むからこそ、ものごとは改善されていくし、新たな希望も生まれていきます。

人に言葉で強要しない限り、個人の頑張り自体は素晴らしいことだと思うのです。一生懸命に取り組む姿は美しいと思います。

ただ、留意していただきたいことは、これまで述べたように、結果を求めすぎないことです。自然と熱中して・集中して一生懸命に動ける状態が理想ですね。

あともう一点、この後提案します。

人は「本気」になるとぶれない

私が提案したいのは、「一生懸命」から「本気」に変わると心の状態が良い方向に動くことが多いということです。

望み通りの結果が出ないことの方が多い人生。それでも、私たちが困難に立ち向かい、目の前の人を手助けし、協力し、より良い社会を築こうと進むのはなぜでしょうか?

それは、自分を突き動かす何かがあるからです。その「何か」は人それぞれであり、具体的に言葉にすることはできませんが、夢であったり、希望であったり、信念であったりすることでしょう。

夢、希望、信念を持ち続けるのは簡単ではありません。それでも、持ち続けて行動する人たちがいます。その人たちに共通するのは、「静かな闘志」だと、私は思うのです。

その「静かな闘志」を持つ人たちは何が違うのかと問われたら、私は、「その人たちは本気なのです」と答えます。本気になるとは、覚悟を持つことに他なりません

本気になればぶれません。

自分の実践が笑われようとも、邪魔をされようとも、相手にしない強さがあります。争うのではなく、・・・

理不尽を受け入れない強さ。

理不尽を受け流す強さ。

自分を信じる強さ。

やるべきことに愚直なまでに邁進する強さ。

本当に必要なことを見極め、粛々と実践する強さ。

そこに派手さはありませんが、静かで太い柱が見えるようです。

「本気」の人は、結果にフォーカスしません。結果を考える必要がないのかもしれません。己のやるべきことを着々と積み重ねます。そこに希望を見出し、信念を持ち、継続するのです。そして、最終的に、「人事を尽くして天命を待つ」といった状態になることができるように思います。

これは、大げさな話ではなく、日常の指導一つ一つに当てはまると思います。

「いじめをなくす」ためには、継続しかありません。周囲が「何をやっても、いじめはなくならないよ」と言おうが、すぐにいじめを撲滅できなかろうが取り組みを継続し続けるしかありません。「継続こそが、いじめ撲滅につながる」という信念を持ち実戦を積み重ねるのみです。

また、「うざい」しか言わない生徒に適切な言葉遣いを身に付けてほしいと思ったら、あらゆる角度から仕掛けを作って地道に接し、指導するしかありません。遠回りに見えようとも、論理で訴え、心情に訴えるということを繰り返すしかありません。

途中でやめたくなっても、その時点での「いじめがなくならない」、「『うざい』を言い続ける」という結果を見るのではなく、未来を、そして希望を見る。そこに他者の評価は関係ありません。自分がどのような覚悟を持っているか、つまり、本気かどうかだけが問われているのです。

淡々と、粛々と、静かに、子どもたちの人格形成や未来につながる実践を続けている先生方は数多くいらっしゃいます。周囲の曇りガラスから見えないだけで、焦点を定めれば、地道な実践の根幹は、先生方お一人お一人の「本気」が支えているということが見えるようになると思います。

まとめ

一生懸命に教師としての職責を果たす先生方、本当に頭が下がります。ただ、もし、その一生懸命さに結果を求めて苦しくなっていらっしゃるのであれば、「方向性」を確認してみてください。

そして、「本気」にシフトしてみてください。心の底から、行動の燃料が沸き起こるような心持ちになり、結果ではなく希望にフォーカスできるようになります。そして、それが教育現場の数ある困難を着実に乗り越えて、自分も児童生徒も幸せに近づくための方法の一つであるように、私は考えています。

先生方、いつも応援しています!

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