皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。

特定の先生を話を聞くが、自分の話は聞かない児童生徒っていませんか?

話し方を学び、話す内容も論理的で分かりやすく工夫している。それにもかかわらず、自分の話は聞かない。一方で、話し方や話す内容は、ごく普通にもかかわらず、児童生徒をひきつける先生がいる。

今回は、この状況の一因について述べたいと思います。

相手にとって自分がどう映るかが重要

実は、児童生徒が教師を「見た目」で判断して、話を聞かないことがあります。「この先生の話を聞きたい」と思わせるためには、「メラビアンの法則」を意識することも必要です。

話を聞く・聞かないに作用する「メラビアンの法則」とは

「メラビアンの法則」とは、話し手が聞き手に与える影響を数値化したものです。

この法則によると、聞き手は話し手の視覚情報(見た目:仕草、態度、服装・・・)から55%、聴覚情報(口調や声色、声量、話すテンポ・・・)から38%の影響を受けるそうです。

残りの7%が言語情報(話す内容)の影響です。

そうです。何を話すかは、わずか7%のみなのです。

年度当初、児童生徒に話をする際に、彼らは教師の見た目と声に大きな影響を受けるのです!よって、ここで、見た目(表情、仕草)、声色等で安心感を与える教師に対しては、児童生徒は「心地良さ」を感じることになります。

この積み重ねが、児童生徒が教師の話を聞くか聞かないかに大きく関わってきます。年度当初は緊張感から聞いていたとしても、慣れが出てくると、本能的に「この先生、ちょっと」というのが態度に現れてきます。内容を工夫して児童生徒のために語っても聞いてもらえない状況も出てきます。

ただ、そのようになったからといって、「教師としてだめだ!」ということではありません。子どもたちは大人よりも本能的です。悪気はなくとも、また、「聞かねば」と思っても理性よりも感情が勝って表に出でしまうのです。

伝え方や内容に気を配り、丁寧に話をいるのに児童生徒の反応が悪い・・・。そのような際の判断基準として「メラビアンの法則」を参考にしていただければと思います。

イライラが伝わり、話を「聴いて」もらえなかった私の経験

「聞く」と「聴く」は違いますね。実は、ここで問題にしているのは「聴く」かどうかです。しっかりと気持ちを傾けて聴くかどうか。

音として聞いているのであれば、心がありありません。目を合わさずとも、あらぬ方向を向いていても音は入っている。
しかし、言葉が入っていない。結果、言っている内容が伝わらなないということになります。

私も女子生徒(「Aさん」とします)に聴いてもらえなかった経験があります。それも、数カ月間。長かったです。
反抗するわけではないのですが、私が話す際に目を合わせようとすると、Aさんは目をそらすのです。

集団に対して話をする際にも、他の生徒は私を見ていますが、Aさんは見ません。「聞いてはいる」が、「聴いてはいない」状態です。

他の生徒は聴いているのです。相槌もうっている。しかし、Aさんは、4月からずっと聴いていませんでした。そして、そのような状態が2カ月続いて、6月の修学旅行になりました。

私は単元責任者として前年度から準備をしてきて、本番も成功。生徒も引率教師も満足そうです。Aさんも。しかし、私の話を聴いていない・・・。

私は、さすがに参ってきました。そして、隣のクラスの担任の先生(B先生とします)に相談しました。

・平田 「Aさんが話を聴かないし、目も合わせないんですよ・・・。」

・B先生「えっ、そう?気付かなった。何で?」

・平田「分かりません。全く分かりません!」

・B先生「うーん。じゃあ、この後聞いてみるね」

・平田「お願いします!」

そして、夕食後・・・

・B先生「平田先生!分かったよ。」

・平田「理由は何でしたか?」

・B先生「『怖い』と・・・。『平田先生は、毎朝不機嫌な顔をしているから嫌だ』と言っていたよ。『嫌いとかではないけど、もう少し優しい顔をしてほしい・・・』だって」

これは、私の元の顔が怖いというわけではなく(笑)、教室に入ってくる時の顔が殺気立っているということです。毎朝、口では柔らかいことを説いても、顔は怖い・・・。何ということでしょうか!。

実は、その当時、生活指導上の問題等が頻発していたので、職朝後に、職員室から教室にいくまでの間は気合いを入れる時間でした。「切り替えタイム」とでも言いましょうか。

それが裏目に出たのですね。脅そうとしていたわけでもなく、ただ、気合を入れていただけです。そして、元気に話していただけ・・・のつもりだったのです。

しかし、生徒には、私の「気合い」は「気負い・イライラ」として伝わっていました。これが全てです。55%を占める視覚情報で、Aさんは私を「脅威」として捉えていたのです。そして、日に日に「聴かなくなった」。いいえ、正確には「聴けなくなった」という方が正確でしょうか。

その当時は、「メラビアンの法則」の名は知りませんでした。しかし、修学旅行から戻ってから、朝の顔を変えて、少しずつ関係は修復していきました。やれやれ、の経験です。

笑顔が児童生徒を安心させ、話を聞く態度につながる

見た目と言うと、服装も入ります。しかし、案外、児童生徒はその部分では判断しません。やはり、「人」を見ているように思います。「この先生は安心できる人か?」、「この先生の話を聴いた方が良いのか」・・・。

そのような「児童生徒-教師」教師の関係で重要になるのは、「笑顔」だと思います。笑顔を児童生徒に見せることができる先生は、最後の最後で児童生徒が聴くと思います。たとえ、悪ぶって聴いていないように見える児童生徒達であっても、このような先生の話はきちんと聴いていることが多いです。

教師という職業は孤独を感じることが多い職業だと思います。よって、笑顔になれない日もあることでしょう。そのような時のヒントになればと思い、2つの方法を御紹介します。

一つ目は、「楽しいから笑うから楽しいのではない。笑うから楽しいのだ」という考えを体現するということです。かつての私のように、「しっかりとしないと生徒が荒れる!」と気負い過ぎずに、笑えない緊張感漂う場面であっても笑顔で目配りや心配りをすればよいのです。

たとえ、児童生徒に反発されたとしても、すっと笑みを浮かべ、目で会話することもできるはずです。あなたなら、できます!

二つ目は、笑顔になれない「しんどい気持ち」を児童生徒に吐露することです。特に、中学生、高校生は、自分たちも友人関係や家族関係でより複雑な心情を抱えています。よって、「先生もいろいろあるんだな」と共感してもらいやすいです。同じ人間ですし!

ただ、一点気を付けることがあります。それは、何もかも赤裸々に話すのは控えるということです。

・同僚に対する愚痴・悪口
・家庭に対する愚痴
・児童生徒に対する愚痴

などはストレートに表出するのはNGですね。とにかく、対象と内容は言わないのがベターだと思います。「今日は悲しいことがあってさ」、「昨日、嫌なことを言われてへこんでいる」程度に留めることをお勧めします。

いつも弱音を吐くと頼りないと思われてしまいますが、たまには、人間臭さを示す意味でも、辛い気持ちを吐露してもいいように思います。

しっかりした先生がたまに垣間見せる弱さは、生徒をひきつける「視覚情報」になるかもしれません。

まとめ

児童生徒が話を聴くためには「見た目が重要だ」と語ってきました。最後に確認の意味で付け加えますと、「見た目大事」ということです。

やはり、どのように反発されたとしても、教育的愛情を持って真摯に倫理的に正しいことを語っていくことが教師には求められると思います。

先生の話を聴いていない児童生徒も、「今は」聴いていないだけかもしれません。あなたの真摯な姿勢が届くと信じてください。私も先生方を応援し続けます!

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