皆さん、こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。今日でGWが終了ですね。明日から、また日常に戻ります。4月から、新しい職場、学年や分掌、部活動で奮闘してこられた先生方も、このGWでうまくいっていることと、うまくいっていないことの整理をされたことと思います。本日は、4月にちょっとしたトラブルで気落ちしている先生方に、是非参考にしていただければと思います。

トラブル自体は悪いことではない。問題は当該教員を取り巻く環境である

さて、子どもたちと日々関わっていると、何らかのトラブルが起きます。これは当然のことです。そのトラブル自体は問題ではなく、どのように解決するかが重要になってきます。

また、子どもたちとのトラブルや摩擦は、教師にとって、ある意味成長のチャンスです。子どもにとっても同様です。よって、子どもとのトラブルや摩擦だけでは、教師が病むことはほとんどありません。

トラブル後の管理職等の対応で疲弊し、潰れていくことが多いと思います。この記事では、トラブルの生かし方と、トラブルが起きた際の教師集団に求められる姿勢を提案します。

子どもとのトラブルは現状打破のきっかけになる

例えば、高校2年生のA君を想定します。彼は、遅刻が多く、担任のB先生は、A君に口頭で注意をしつつも、あまりしつこくならないように、毎回対応する時の表情や時間の長さを変えていました。

怒鳴ったり、一律に機械的な指導をするのではなく、丁寧な指導になっています。しかし、ある朝、遅刻をしてきたA君が、担任への報告を怠り、B先生は、休み時間にA君を職員室に呼び、「今日はどうした?」と穏やかに聞きました。すると、A君は、「いつもいつも、てめえはうるさいんだよ!」と暴言を吐きました・・・・。

このようなケースは、教師への暴言ということで、何らかの特別指導になることが考えられます。そして、特別指導の最後には、保護者を呼んでお話をすることも多いです。(例ですが・・・)このケースでは、保護者との面談で、母親が泣き崩れました。そして、「私の病気の看病で、この子は夜もろくに寝ていないんです。すみません。」と現状を話してくれました。

そして、食事もインスタント食品に偏りがちということも分かりました。そうです、A君は高校生にしては体が小さかったのです。そして、そのことをコンプレックスに思って、早く起きることができた日も、同級生に顔を合わせたくなくて遅刻してきていたのです。

指導を現状打破の機会と捉えれば、まずは、生徒の人格を否定するような発言は出ません。やってしまった行為を顧みさせて、今後を変えていこうという姿勢で教師は臨むことができるのです。

その姿勢を見れば、指導では生徒も素直になり、自分が苦しんでいる現状を話すことにもつながります。また、指導をきっかけに家庭の辛い状況を知ることになり、関係諸機関との連携へと繋がります。

何か問題が起きても、「起きたことにフォーカスせずに、『では、どうするか』という点にフォーカス」しましょう。指導は、確かに重苦しい雰囲気になりますが、それでも、「ただでは終わらない。この生徒の成長につなげる」という気概が、現状打破に結びつきます。そして、教師としての自身の経験値も上がり、生徒指導能力や人権感覚も向上していくきっかけになるのです。

無関心が教師を孤立させる

指導が続くと教師も精神的に辛いのですが、同僚の協力があれば乗り越えられます。例えば、経験をもとにした具体的な指導内容のアドバイス、指導場面への立ち合いなどがそれにあたります。しかし、声掛け一つでも、指導にあたる当該教師は救われます。

「自分の指導不足かな」、「何でまた、自分のクラスなんだろう」と落ち込んでいる教師にとって、「自分を責めないでいいんだよ」、「何かあったら遠慮せずに言ってくださいね」、「先生の指導は間違っていませんよ」といった励ましの声掛けは何にも代え難いエネルギーとなります。

これに反して、周囲の教師が無関心で声掛け一つしない、当然指導の支援もしない状態だと、当該教師は精神的に深く追い詰められていきます。孤立感が強まります。このようになったら、生徒への指導も覇気がなくなり、生徒にとっても良い効果が望めません。「一人の生徒を全員で見る」という気概が教師集団には必要です。自分事で考える習慣をつけるようにしなければなりません。

保身に走る者が追い詰める

何らかのトラブルが起きれば、学年主任や主幹教諭に報告し、最終的には管理職に報告が上がります。その時に、トラブルの背景や当該教師の意見を聞くこともなく、「生徒と保護者に謝罪しなさい」の一点張りの管理職がいます。

その管理職が見ているのは、「教育委員会の目」であり、「市民の目」です。最後に責任を負うのは自分自身ですから、当該教師に謝罪をさせて丸く収めたいわけです。そうすると、自分の意見を聞いてもらえず悪者と断定された教師の自尊心はズタズタになります。

このように自己の保身に走る管理職によって、生徒指導上、ある意味「火中の栗を拾っ」て生徒を良くしたいと思う教師が割に合わない状態に陥る現状があります。そのような状態に陥った時に必要なことは・・・「うまくいっていることに目を向けること」です。

真面目な先生は、トラブルを一つ抱えたとしても、その比ではない「うまくいっていること・貢献できていること」があります。管理職の感情に自分の人生を左右されないようにすることが大切です。そうやって落ち着いてきたら、懸案になっているトラブルも客観的な解決策が見えてきます。子どもたちに真摯に向き合う先生たちがいるからこそ、子どもの成長があるのです。

まとめ

生徒指導上のトラブルは恥じることでも何でもありません。生徒も教師も成長するチャンスであり、行き詰まった現状を打破するチャンスでもあるのです。自分の学年・学級や部活動以外で起きたことであっても、関心を持ち協力の姿勢を持つ教師がいる職場は素敵ですね。

トラブルをチャンスにして成長する考え方をお伝えします