「見て!私のほうがすごいよ」
「あの子はこれ、できないんだって」
先生方のクラスにも、友達より常に優位に立とうと、他者を押し下げる言動をしてしまう子がいますよね。指導の現場で、その都度、頭を悩ませる方も多いのではないでしょうか。。
つい、「どうしてそんなこと言うの」と叱責したくなるかもしれませんが、元教員として、あえて立ち止まって問いかけたいのです。
その子の「マウント行動」は、本当に「わがまま」なのでしょうか?
いいえ。小学校という集団生活の初期段階において、幼い心が取る「マウント」は、「私はここにいてもいいですか?」という、切実な問いかけにほかなりません。
その行動の裏側には、「誰かより劣っている自分が怖い」「先生にちゃんと見てもらえていない」という、強い不安と深い劣等感が、ぽっかりと「心の空白」となって横たわっているのです。
この心の空白を「愛される確信」で満たしてあげることこそ、私たち教師にできる、最も重要な仕事です。
目次
マウント行動の本質を理解する――「弱い自分を隠す鎧」という防衛機制
低学年や中学年の子どもたちは、まだ自分の感情を適切に処理したり、言葉で表現したりする術を十分には身につけていません。語彙も経験も限られている彼らにとって、心の中で渦巻く複雑な感情を言語化することは、想像以上に困難な作業なのです。
だからこそ、子どもたちは不安を強さで上書きし、劣等感を優位性で塗りつぶそうとします。彼らにとってマウント行動は、弱い自分を晒さないための、自作の「鎧」なのです。この鎧を身につけることで、傷つきやすい心を守ろうとしているのです。
教師がこの鎧を力ずくで剥がそうとすると、子どもはさらに強固な態度で抵抗します。叱責や否定は、彼らの不安をさらに深め、鎧をより厚くしてしまうだけです。必要なのは、「この鎧はもういらないよ」「ありのままのあなたで大丈夫だよ」と、安心感で心の空白を静かに埋めてあげる、繊細で丁寧なアプローチなのです。
ここで重要なのは、マウント行動を「問題行動」として捉えるのではなく、「SOSのサイン」として受け止めることです。子どもが発する行動のメッセージを正しく読み解くことができれば、私たちの対応は根本から変わります。
小学校低学年に多いマウント行動の具体例と背景
小学校の現場でよく見られるマウント行動には、いくつかの典型的なパターンがあります。これらを理解することで、早期に適切な対処ができるようになります。
テストの点数や成績での比較
「僕は100点だったよ。○○くんは何点だった?」と、しつこく他の子の点数を聞いて回る行動です。この背景には、学業成績でしか自分の価値を測れないという、狭い自己評価の枠組みがあります。家庭で成績を過度に重視されている可能性も考えられます。
持ち物や家庭環境での優位性の誇示
「僕の家は大きいんだ」「これ、高かったんだよ」といった発言です。物質的な豊かさで自分の価値を示そうとする背景には、愛情不足や家庭での孤独感が隠れていることが少なくありません。
運動能力や身体的特徴での比較
「○○さんは足が遅い」「僕のほうが背が高い」など、身体能力で他者を下に見る発言です。特に低学年では、目に見える違いで優劣をつけようとする傾向が強く現れます。
友達関係での優位性の主張
「僕は○○くんと仲良しなんだ。あなたは違うでしょ」といった、人間関係の独占や排除を匂わせる発言です。これは、友情を「所有物」として捉えている証拠であり、真の信頼関係を築けていないことを示しています。
これらのマウント行動に共通しているのは、「相対的な優位性」でしか自分の価値を感じられないという、脆弱な自己肯定感です。小学校という新しい環境で、自分の居場所を必死に確保しようとしている姿なのです。
現場で効く4つの具体的対応――教師の「視点の変え方」
1. 感情の言語化を促す――「怒り」の下にある不安を見る
表面的なマウント発言に反応するのではなく、その言動の裏側にある感情を推し量り、先生が言葉にしてあげましょう。
「負けてしまって、悔しい気持ちを誰かにわかってほしかったんだね」
「すごく頑張ったのに、見てもらえなくて悲しかったのかな」
「○○さんができているのを見て、自分もできるようになりたいって思ったんじゃない?」
感情の器が小さいうちは、まず教師が「感情の通訳者」になること。自分の心が理解されたと感じる瞬間、子どもは攻撃的な態度を緩めます。
子どもたちは、自分でも気づいていない感情の正体を、信頼できる大人に言語化してもらうことで、初めて自分の内面を理解できるようになります。これは感情教育の第一歩であり、将来的に自分で感情をコントロールする力の土台となります。
また、感情を言語化する際は、子どもの目を見て、落ち着いたトーンで、決して急がずに語りかけることが大切です。子どもが自分の感情に向き合うには、安心できる時間と空間が必要だからです。
この対応を繰り返すうちに、子どもは次第に「先生は自分のことをわかってくれている」という信頼感を抱くようになります。その信頼感こそが、マウント行動を手放すための第一歩となるのです。
2. 絶対的な「存在承認」のメッセージを贈る――条件なしの愛を伝える
マウント行動は、条件付きの愛情を恐れている証拠です。「何かを達成したから褒める」「できたから認める」という結果主義から脱却しましょう。
「朝、元気に学校に来てくれてありがとう。○○さんがクラスにいてくれるだけで先生は嬉しいよ」
「○○さんの笑顔を見ると、先生も元気が出るんだ」
「○○さんがこのクラスの一員でいてくれることが、本当にありがたいと思っているよ」
成績やスキル、他者との比較とは無関係に、「生まれてきてくれてありがとう」に匹敵する、無条件の承認を伝え続けること。これが、子どもの心の空白を埋める最も強力な言葉です。
特に低学年の子どもたちは、自分の存在価値を他者からの評価に強く依存しています。だからこそ、「何かができるから価値がある」ではなく、「あなたがいるだけで価値がある」というメッセージを、繰り返し、様々な場面で伝えることが重要なのです。
朝の会での一言、廊下ですれ違ったときの笑顔、連絡帳への温かいコメント。日常の些細な瞬間に散りばめられた存在承認のメッセージは、やがて子どもの心に深く根を下ろし、揺るぎない自己肯定感へと育っていきます。
3. 「過去の自分」と「今日の自分」を比較する――競争から成長へ
他者との比較でしか安心できない子の視点を、「自分の成長の軌跡」に向き変えさせます。
「先週は筆箱の中がごちゃごちゃしていたけど、今日はきれいに整頓できたね。自分でできることが増えたね」
「この前は難しくて途中で諦めそうになっていたけど、今日は最後まで頑張れたね。○○さん、成長したね」
「1学期の作品と比べてみて。色の使い方が豊かになってるよ。○○さんの工夫が見えるよ」
「優劣」という競争の地獄から抜け出し、「成長」という未来への希望に目を向けさせる。これは、教師から子どもへの大切なプレゼントです。
他者との比較は、常に「勝者」と「敗者」を生み出します。そして、その比較の構図の中では、永遠に安心することができません。なぜなら、常に自分より上の存在が現れ続けるからです。
しかし、過去の自分との比較は違います。それは、確実に積み重なっていく「できるようになったこと」の記録であり、誰にも奪われることのない、自分だけの成長の物語です。
教師がこの視点を子どもに提供するとき、子どもは初めて「比較しなくても、自分には価値がある」という感覚を持つことができます。それは、マウント行動から解放される、決定的な瞬間となるのです。
4. 集団の中で「感謝される喜び」を体験させる――貢献による自己有用感
マウントを取る子は、「他人を助けることで、自分が必要とされる」という自己有用感を知りません。信頼感を込めて具体的な役割を与え、成功体験を積ませると良いです。
「この道具の管理は○○さんにしか任せられないよ。責任をもってお願いできるかな」
「○○さんが手伝ってくれたおかげで、みんなスムーズに準備できたね。ありがとう」
「○○さんの優しい声かけで、困っていた子が安心できたみたいだよ。素敵だったね」
貢献によって得られた感謝の眼差しは、マウントで得られる一時的な優越感よりも、遥かに深い心の安定をもたらします。
人は、誰かの役に立つことで、自分の存在意義を実感します。特に子どもたちにとって、「ありがとう」と言われる経験は、自己肯定感を育む最も確実な方法の一つです。
ここで大切なのは、子どもの特性や得意なことを見極めて、必ず成功できる役割を与えることです。失敗体験を重ねさせてしまっては、逆効果だからです。
また、役割を与えた後は、その子の働きを具体的に言葉にして認めることが重要です。「ありがとう」だけではなく、「何が」「どのように」役立ったのかを明確に伝えることで、子どもは自分の行動の価値を深く理解できます。
学年別のマウント行動への対処法――発達段階に応じたアプローチ
マウント行動への対処は、子どもの発達段階によって微調整が必要です。小学校の各学年に応じた、より効果的なアプローチを紹介します。
低学年(1年生・2年生)の対処法
低学年では、感情の語彙が乏しく、自分の気持ちを適切に表現できないことが、マウント行動の大きな原因となります。この時期は、教師が感情の通訳者となり、丁寧に気持ちを言語化してあげることが最優先です。
また、低学年の子どもは「今、ここ」にしか意識が向きません。過去の自分との比較を促す際も、「昨日の○○さんはね」と、ごく短いスパンでの成長を具体的に示すことが効果的です。
さらに、低学年では「先生に認められたい」という欲求が非常に強いため、個別に声をかける時間を意識的に作ることが重要です。朝の登校時、休み時間、下校時など、短時間でも一対一で関わる機会を増やしましょう。
中学年(3年生・4年生)の対処法
中学年になると、友達関係がより複雑になり、グループ内での序列や立ち位置を気にし始めます。この時期のマウント行動は、「友達から取り残される不安」が根底にあることが多いのです。
対処法としては、クラス全体で「違いを認め合う文化」を育てることが効果的です。「みんな違って、みんないい」という価値観を、具体的な活動を通じて体験させましょう。
また、中学年では論理的思考が芽生えてくるため、「なぜマウントを取ってしまうのか」を子ども自身に考えさせる対話も可能になります。ただし、責めるのではなく、一緒に考える姿勢を大切にしてください。
高学年(5年生・6年生)の対処法
高学年では、自我が確立し始め、マウント行動の背景により複雑な要因が絡んできます。家庭環境、進路への不安、思春期の自己像の揺らぎなどが影響している可能性があります。
この時期は、子どもとの信頼関係を基盤に、より深い対話が可能です。「どうしてそう言いたくなるのか」「本当は何を感じているのか」を、じっくりと聴く時間を持ちましょう。
また、高学年では自己省察の力も育ってきているため、「相手がどう感じるか」を想像させる対話も有効です。ただし、説教ではなく、共に考える姿勢を忘れずに。
保護者との連携――家庭と学校で育む自己肯定感
マウント行動の改善には、保護者との連携が欠かせません。家庭での関わり方が、子どもの自己肯定感に大きく影響するからです。
保護者面談では、まず子どものマウント行動を「問題」として伝えるのではなく、「お子さんが不安を感じているサインかもしれない」という視点で共有しましょう。保護者を責めるのではなく、一緒に子どもを支えるパートナーとして協力を求める姿勢が大切です。
また、家庭でできる具体的な声かけの例を提案することも効果的です。「テストの点数よりも、頑張った過程を認めてあげてください」「兄弟姉妹と比較するのではなく、その子自身の成長を見てあげてください」といった、実践しやすいアドバイスを伝えましょう。
さらに、子どもの良い変化があったときは、すぐに保護者に伝えることも重要です。「今日、○○さんがクラスメイトに優しい言葉をかけていました」といった具体的な報告は、保護者の安心と協力を引き出します。
変化を信じて待つ――教師の粘り強さが子どもを救う
ここまで紹介した対応を実践しても、すぐに子どもが変わるわけではありません。長年積み重なってきた不安や劣等感は、一朝一夕には消えないからです。
しかし、諦めないでください。教師の一貫した関わりは、必ず子どもの心に届きます。毎日の小さな言葉がけ、温かい眼差し、信頼のこもった役割の付与。それらの積み重ねが、やがて子どもの心の空白を埋めていくのです。
変化の兆しは、ある日突然訪れます。マウントを取っていた子が、友達に優しい言葉をかける瞬間。自分の失敗を素直に認められる瞬間。他者の成功を心から喜べる瞬間。
そのとき、教師であるあなたは気づくでしょう。その子が、もう「鎧」を必要としなくなったことに。
おわりに――不安を取り除いた先に、本来の輝きが待っている
先生方のクラスにいるマウントを取る子は、誰よりも「先生の愛と関心」を求めている子です。
「わがまま」というレッテルを外し、「不安」という本質に目を向けるだけで、私たちの指導は根本から変わります。
その子の心にある「鎧」を優しさで溶かし、心の空白を愛情で埋めることに成功したとき、彼らは競争をやめ、その子本来の明るさ、優しさ、そして輝きを取り戻すでしょう。
私たち教師は、その変化を信じ、粘り強く関わり続ける「心の専門家」です。
子どもの行動の裏側にある心の声に耳を傾け、一人ひとりの心の空白を丁寧に埋めていく。それこそが、真の教育者としての仕事なのではないでしょうか。
小学校の教室で今日も奮闘されている先生方へ。あなたの温かい眼差しと粘り強い関わりが、必ず子どもたちの心を救います。現場でのご活躍を、心から応援しています。