こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。
学校内には校則があります。校則は児童生徒を縛るものではなく、安全を守るためのものです。その校則を機能させるためには、教師として児童生徒に守るようにするのが職務の一つです。理性で動くのがプロ!
しかし、一筋縄ではいかないのが教師という仕事。理性に反して、感情で動くことがもあるのではないでしょうか。今回は、「感情」で動く一例について書いていきます。
目次
生徒の一生を左右する現場に立ち会う
教師は生徒の一生を左右する場面に遭遇することがあります。その時には、感情で動くことがあっても良いのではないでしょうか。規則は破ったが、人として正しい判断・・・、しかし、逸脱・・・。このような割り切れない場面が存在するのが教育現場だと思うのです。
立ち入り禁止の屋上にて
多くの学校では、屋上は立ち入り禁止ですね。事故防止、非行防止の観点からのことでしょう。開放されるのは入学式や卒業式、アルバム等の写真撮影の時ぐらいかもしれません。
その屋上に人影が・・・。
良く見ると、いつも教室で一人でいる生徒Aさん。さて、教師としてどうしますか?
最初に働かせるべきは理性だと思います。
「何か訳があるかもしれない」と考えます。
いつもぽつんと一人でいるAさんですから、何か抱えているかもしれません。その問題を知る足掛かりをつかめるかもしれません。学校の生活場面全体で、児童生徒のサインを見るという姿勢が教師には求められますね。
座っているとはいえ、突発的な行動を誘発すると危険ですので、落ち着いて声をかけます。
そこから事態は動き始めますね。
※そもそも屋上へのドアの鍵が開いていることは安全管理上大問題ですが、ここでは、その事由については割愛します。本ブログのポイントは、あくまでも生徒対応ということでご理解ください^^、
目の前の生徒の辛い状況に気持ちで寄り添う
聞けば、Aさんは教室に居場所がなく、毎日屋上で弁当を食べているとのこと。
ここで何というか。
教師として理性で動けば、どこかで「屋上は禁止でしょ」と言うのが正しいのかもしれません。他の生徒に厳しく指導しているのであれば、なおさらです。
また、他の教師からも、「指導に差を付けるのはよくありませんね」などと言われるかもしれません。
ただ!
目の前のAさんの事情を知った今、心が動いたのであれば、教師としての理性ではなく、人としての感情で動いて良いのではないでしょうか。人として・・・、いえ、教師としても、このような場面で感情に従うのは必要だと思うのです。
人間関係がうまくいかない。
疎外感を感じる。
嫌がらせも受けている。
他者と話す気力もなくなった。
弁当は食べなければ親が心配するから無理して食べる。
・・・
このような状況のAさんに対して、その辛さを気持ちで受け止めること。そして寄り添うこと。それらは、Aさんが回復していくための処方箋となるように思うのです。
教師も一人で抱えない
このことを教師一人で抱えるのは重いことでもあります。
かといって、すぐに学年団や管理職に報告しても良いのでしょうか?
そこは、職場での人間関係によると思います。学年団でうまくいっていなければ、他学年の先輩教師でもよいでしょう。管理職が「?」な人であれば、言わないのもありだと思います。
最優先すべきは苦しんでいる生徒の安全確保と安心感の醸成です。
なお、真面目な先生であればあるほど、時間が経つにつれて、「私は間違ったことをしたのだろうか。教師として失格なのかもしれない」と悩むことになるかもしれません。
そんな時には、「教育は理屈では割り切れないことがある」と言い聞かせることをお勧めします!
理屈では割り切れないものを大切に
人事考課が入ってきて久しくなりました。
毎回毎回、「数字で」、「達成率は?」と管理職に言われる人もいると思います。これは、校長云々ではなく、その「雲の上人」たちの指示をありのままに下してきているだけですので、仕方ないですね。しかし、残念。
「定期考査で〇点以上△割」、「センター試験正答率〇割」・・・などと数値化するのは大事です。ただ、これは生徒のコンデイションにもよりますし、難易度によっても変わる。
このような数値化も大事でしょうが、「2年間不登校だった生徒が、3日間保健室登校をした」という結果も重要だと思うのです。
しかも、保健室登校できた要因は「分からない」ということもよくあります。生徒自身も教師も言語化できないことがあるのです。ただ、そこに信頼が構築されたのは間違いないと思います。
その信頼を数値化できるのか。できませんね。
このようなことが学校現場には多くあります。
児童生徒の学力を上げることも当然大事。それに並んで、「生きる力・生活力」を上げることも大事。
そのためには学習指導要領に則った工夫された授業のみではなく、教師の人間力、言葉にはならない「すごみ」、「慈しみ」等が必要になります。
後者は理屈では説明できません。「なぜだか分からないけど、あの先生の言うことは聞いてみたいと思った」などという児童生徒の言葉が証明しています。
だからこそ、ここぞという時には、「感情」に従い、目の前の児童生徒に寄り添いましょう。そして、その行動をとった自分自身を大きな目で見て良いと思います。
まとめ
感情に従うこともあってよいと述べました。
そのためにも、自分自身の精神を意識して整えていくことが必要です。
日々の激務で疲れた時には、感情に従い、思い切って休みましょう。まずは、自分のために自分の感情に従うこと。
それが、児童生徒のためにもなると思います。
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