こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。私が先生のための働き方コーチの活動をする理由に、「教師のうつをなくす」、「自ら命を絶つ教師をなくす」というものがあります。周囲に何と言われようと、私一人の力が微力であろうと、力を尽くしたいと思っています。今日は重い話になりますが、大切なことなので書きました。理不尽な現状を見過ごすのは、もう終わりにしましょう。
なお、ストーリーは実話を再構成したフィクションです。実在の人物、団体とは関係ございません。

毎日が辛いと、「楽になりたい」と思うようになる。教師も同じだ。ここまで追い詰めるものは何なのだろうか。

平成28年3月5日、大きな雨雲が空を覆っていた。午前2時の国道を、公立高校教諭の田岡哲史(37歳)は、時速72キロの速度で車を走らせていた。「もういいだろう。楽になろう」と考えると、自然とアクセルを踏む右足に力が入っていった。道路工事の赤色灯を4つ見た。そして、自分が呼ばれている気持になった。彼は、もう限界だった。「午前2時に職場に向かう」ことが、彼を追い詰める正体を物語っている。

退勤後から睡眠まで

田岡には2歳になる息子がいる。妻も働いているため、保育園の送迎は曜日を決めて行っている。送迎がない日も、夕食の準備や入浴等を協力してこなしてきた。この前日、3月4日は、田岡が保育園の迎えの担当だった。17時に退勤し、保育園に向かった。いつものように閉園ぎりぎりで間に合った。夕食を食べ、息子と入浴したら、21時だった。それから翌日の準備をして、22時10分に布団に入った。

人間であるために・・・

目覚めたのは日付が変わった1時10分。3時間は絶対に譲れないラインだった。いつも、3時間後に目覚ましをセットする。この「3時間睡眠」は自分が人間でいられる砦のように思っていた。寝るのは寝室のベッドではなく、ソファーか畳の上。これが短時間睡眠に加えて疲れがとれない要因にもなっていた。なぜ、寝室で寝ないのか・・・。理由は、目覚ましで妻と息子を起こさないようにするためである。田岡は、職場でも家庭でも気を遣っていた。

再度、職場へ

ジャージとウインドブレーカーを着込み、田岡は家を出た。そして自家用車へ。そう、再出勤するのだ。これは、3月5日の出勤ではない。あくまでも、4日の続きという状態だ。なぜなら、5時30分には再度、帰宅し、息子の登園の準備を担うからだ。そのそも、彼はなぜ、職場に向かうのか。単純に仕事が終わらないからだ。個人情報を含め持ち帰れないもの、職場にあるパソコンでしか処理できない業務があるのだ。彼は、もはや日課となった楽しくも何ともない「深夜ドライブ」を始めるのだった。

答え

田岡の自宅から職場まで車で45分かかる。その間、彼は考えていた。なぜ、自分がこのような状況なのかを。しかし、考えても答えはいつも同じだった。「自分が悪い」という結論に達するのだ。周囲への不満から始まるのだが、最後は自分へ・・・。突き刺すような虚しい答えしか返ってこなかった。

授業の問題①

この日の車の中で、いつもの答えに行きつくまでの不満の数々。まずは、授業について。3月は次年度の担当する科目を決め始める時期でもある。そんな中、同じく社会科の同僚たちの無責任発言に腹が立った。田岡は「なぜ、授業の選り好みをするのか。俺だって、日本史は専門ではないから、苦手だ。しかし、地歴の免許を持っているということは、教えて当然なのだ。苦手だったら学ぶばねばばらない。それなのになぜ、平気で、『私には無理。地理しか教えないからね』などと平気で言えるのか」と憤った。

授業の問題②

部活動の主顧問である田岡は、お迎えに行かない日は18時半まで部活動指導をし、休日も部活動指導をしすることが多い。そのため、次年度の授業準備もできるだけ早く始めなければ、生徒の満足度の高い授業は提供できないと考えていた。指導所や電子書籍などは持ち出し禁止のため、当然職場での準備が必要になる。自然と残業につながっていく。専門ではない科目であるならば時間もかかる。専門以外の科目を持ちたがらない教師はこの点から逃げたいのだ。それで、自分の余暇を充実させていく現実。これだけで、田岡の頭の中は怒りに支配されそうになっていた。

部活動の問題」①

田岡の勤務する高校は全員顧問制だ。しかし、名ばかり顧問も多い。顧問が来ない部活動は生徒のみで活動している。事故が起きたら責任が取れない状況だ。それでも名ばかり顧問は、「労働者」としての権利を優先させて、怪我の危険性や責任など頭の中にないようである。年度末になり、今年度も「駆け引き」が始まっていた。「副校長!部活動は教師の職務ではありませんよね。そこをボランティアでやってやっているんです。だから、次年度も、私は〇〇部でお願いしますね」、「世間でも『ブラック部活』が問題になっているじゃないですか。もう部活なんて無くせばいいんですよ。生徒も勉強性ないと、ろくな大学に行けないんだから」などの発言。

部活動の問題②

それに加えて、授業と部活動を両立させている田岡のような教師、部活動に重きをおいている教師を「B・D・K(部活・大好き・教師)」と揶揄して蔑む言葉すらある。当たり前の職務すら遂行できていない者たちが、その原因を部活動指導に励んでいる教師たちが労働環境を悪くしていると決めつけている現状・・・。もう、職場は末期だった。田岡は、このことを考えると、車のドアを叩くようになっていた。今日も同じで、怒りが抑えられなくなっていた。「うちの学校は、そもそもブラックな状況などではないではないか。十分、自分の時間を優先させているではないか。それにも関わらず、本務である授業ですら、逃げる。自分を高めようとしない。しかし、給与はがっつりもらっている。不満などないだろうな。」と田岡は力なくつぶやいた。

生徒指導の問題①

田岡の学年には、山下という不登校の生徒がいた。田岡のクラスではなかったのだが、分掌で生活指導部に所属している田岡は、学年の中でこの対応に中心的に関わる一人でもあった。山下は冬休み明けから、学校に来なくなった。理由は不明だったため、担任の村田、生活指導部の田岡、学年主任の湯田の3名が実働部隊として対応に当たっていた。管理職と相談をして、電話連絡を時間を決めて、毎日2回、3人で交代しながら行ってきた。しかし、効果は表れなかった。そして、いよいよ、家庭訪問をした方が良いのではないかという状況になってきた。

生徒指導の問題②

家庭訪問は管理職からの提案であった。提案であって指示ではない。そのため、3人の意見も割れた。田岡はこれまでの電話で効果がなかったのだから、新たな手段として試してみる価値があるという考えであった。しかし、村田と湯田は、家庭訪問に前向きな姿勢を示す田岡に向かって「やっても無駄ですよ。山下は中学時代も不登校経験者です。その時の話を聞いたのですが、家庭訪問をした担任を保護者が罵倒したそうですよ。そんな家庭に、家庭訪問など無意味でしょ。」、「それに、家庭訪問は勤務時間後でしょ。ただでさえ忙しいのに、家庭訪問までやるなんてあり得ない。高校は義務教育じゃないんだから、自分で不登校を選んだってことで仕方ないんだよ。行くんだったら一人でどうぞ。」と続けて主張した。

生徒指導の問題③

「中学時代に家庭訪問の効果がなかったことを、今回訪問しないことと結びつけるのか?山下が不登校になった原因は、教師にあるかもしれないし生徒にあるかもしれない。とにかく学校に原因があるかもしれない。彼が勝手に不登校を選んだと短絡的に決めつけるのか?」と、この話を思い出すと田岡はドアを叩くのみではなく、車内で大声を上げた。これがいけなかった。

停車中に叫んだため、その様子を隣の車線に停車している車の運転手と同乗者に見られたのだ。田岡は彼らに笑われた。そして、助手席に座っていた男の口元をミラー越しに見ると、「バッカじゃねーの!」と読み取れた。「そう。俺は・・・馬鹿だ。馬鹿だ!」。いつもより、激しい自己嫌悪が襲った。「言い返さない、俺が悪い。」、「問題をこじらせる俺が悪い。」、「教師を続けてる俺が悪い。」・・・。タガが外れてしまった。続けて、「もう終わりにしたい。」、「消えたい。」という感情が起きた。

車を発進させたさせた先には、道路工事が連続していた。年度末、深夜の国道にはよくある状態だ。この日、4つ目の工事現場だった。人間の形をした人形が赤色灯で工事を知らせている。「あそこに突っ込めば楽になれる。」と彼は思った。時刻は2時。アクセルを踏む足への力を強めた。速度はみるみるうちに上がり、78キロまで上がった。工事現場はどんどん近付いてくる。「このまま・・・。」と足の力を維持した。その時、大粒の雨がフロントガラスを濡らした。

雨で我に返った田岡の脳裏に、ある光景が浮かんだ。それは、15年前、非常勤講師をしていた小学校での出来事だった。ある児童が逆上がりができないと悩んでいた。「6年生にもなって恥ずかしい。」と田岡にいつも打ち明けていた。田岡は、「一緒に練習しよう。」と誘ったが断わられた。「人目があると恥ずかしい。」と児童は言った。「田岡は、人目なんか気にしていたら、できるようにはならない。ダメだこれは。」と心の中で吐き捨てた。その翌日は大雨だった。そのため、放課後の活動は中止になり、児童達は足早に下校していた。田岡は職員室の窓側の講師席で成績処理をしていた。そして何気なく外に目をやると、鉄棒のところに一人の児童の姿があった。そう、逆上がりのできない、あの児童だった。

涙雨

田岡は鉄棒へと走った。児童は、誰もいないこの機会を待っていたのだ。そして、雨と涙で顔を、全身を濡らしながら懸命に練習していた。田岡に様々な感情がほとばしってきた。児童の気持ちを見ようともせずに、心の中で児童を否定した自分への情けなさ。また、一人の小学生の達成への意志の強さへの感動。そして、可能性を秘めた子どもたちに関わることができる教師という立場への喜び・・・。田岡も泣いていた。この日、遂に児童は逆上がりを成功させた。涙雨はずっと降り続いていた。

何のために教師をやるのか

田岡は思った。「自分は何のために教師をやっているのか。同僚のためか?責任を果たさない同僚と闘うためか?人に認められるためか?全部違う。生徒のためだろ!だったら、自分を否定することはないじゃないか。今まで、良くやってきたじゃないか。そういう自分を誇れればいいじゃないか。」と。彼は、生きようと決めた。

まとめ

田岡先生のように、理不尽な周囲に悩まされ、気持ちが沈み、自分を責めてしまう先生方は大勢います。問題の核心は、職場の体制にあります。一部の人間がありえないほどの仕事を抱え、ありえない残業をこなし追い詰められている現状を変えなければなりません。辛い状況にある先生方、まずは信頼できる人に相談してください。先生方は絶対に必要な存在です。生きてください。

先生の辛いお気持ちを受け止めます。そして、進む道筋を一緒に見つけましょう

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