こんにちは。先生のための働き方コーチ・平田洋典です。今日は、「ブラック」についての最終回です。これまでの内容を受けて、まとめていきたいと思います。

物理的時間ではなく中身を吟味すること

一般社会で言われている「ブラック企業」は時間の長さも問題になっています。しかし、学校の場合、長さはさほど問題になりません。最初にその点について述べます。

そして、教師が「ブラックだ」と言いたくなる現状の、本質的な要因を述べます。最後に、今後の望ましい方向性について述べて、まとめとします。

教師の仕事は時間内に終わらないことが多い。しかし、それだけでは「ブラック」とは言わない!

最近のビジネス書は、「残業する社員は能力がない」、「電気代を無駄に上げている」、「残業をすることで、自分は仕事ができると勘違いする困った人」、「できる社員は定時に帰る」などといった文字が踊っています。

真面目な先生方、はっきり言います。全く、気にしなくて良いです。そもそも、会社員と公務員では、職務内容も問われる在り方も異なります。地方公務員である教員は、営利を目的としません。そして、「教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員」なのです。

だからこそ、教育活動全体を通して、子どもたちの人間的成長に寄与するように努力するのです。それが、教師としての責任です。よって、生徒が問題を起こした際には、勤務時間度外視で、指導方針を立てるための打ち合わせを行い、実際に指導を行うのです。

部活動もそうです。部活動に教育的意義を感じている教師は、勤務時間外だから不当な活動だ、などとは言いません。行事準備然り、保護者対応然りです。時間の長さだけで、「ブラックだ」などというのはナンセンスです。

教育現場の「ブラック」とは、「協力体制・理解の欠如」だ!

ただし、「ブラック企業」と同様に「ブラック」と言われても仕方がない不当な長時間労働の状況もあります。それは、一部の教師ができることをやらないことで生じる、他の教師の長時間労働です。

部活動指導、分掌指導、補習指導然りです。やる前から、「私はできません」と言って、話し合いの土俵にも乗らない教師もいるのではないでしょうか。

部活動の主顧問や行事の単元責任者の中には、介護や育児、御自身の病気を抱えている方もいます。そのような方こそ、働き方が考慮されるべきです。しかし、現実はそうならないことが多いですね。一部の教員が駄々をこねれば、誰かがその分を被るのです。管理職は、よく「申し訳ないがやってくれませんか」と言うようですが、これは違いますよね?

「やらない」という教師を何とかするのが責任ではありませんか?なぜ言わないのですか?言えないのですか?そのせいで、真面目な先生ほど心身ともに疲弊し、教員という集団、組織に失望していきます。

声を大にして言いたい。学校現場にそぐわない「ブラック」という言葉が持ち込まれて、それがムードにより市民権を得ているのは、やるべきことをやらない教師がいるためだ、と。

また、学校全体で、不当な長時間労働が常態化している場合は、管理職が教育委員会に対して申し出ないからです。この場合は、教職員の監督者(健康管理の義務も含めて)としての責務を果たしていないからと言えます。

怖いのでしょうか?守るべきは自身の立場ですか?教職員の心身ですか?

行政の皆さん、本質を見ましょう

長時間労働をなくそうと、教育現場にタイムカードが導入されるようになりました。失笑です。部活動指導をしない教師が職員室で談笑して19時まで過ごしたとして、介護等で17時に帰る教師と比べられたとします。

後者の教師は、持ち帰りで授業準備をすることになります。前者は、勤務時間と残業時間も談笑していたということは仕事はしていないわけです。タイムカードで、前者に対して、「遅くまで仕事をしているから、職務を減らそう」などとなったらたまったものではありません。

なぜ、このようなことが分からないのでしょうか?本質を見ずに振り子を揺らすだけでは、数年後に、別の問題が噴出すると思うのですが・・・。

当たり前のことを当たり前にこなす先生方へ

仕事をしない教師がいれば、当たり前のことを当たり前にこなす普通の先生方は、相対的に「真面目な先生」となってしまいます。残念ですよね。

悲しいですよね。当たり前のことをして、「真面目」に格上げされるなんて、教育現場であっていいのかなぁ、と残念に思います。

それはさておき、そのような状況下で起きやすいことが、仕事をしない教師からの「出る杭は打つぞ!作戦」です。「〇〇先生、それ、やめてくれないかな。運動会のプログラムなんて、去年のままでいいじゃない。変えるの面倒じゃん。仕事増やさないで」などと、言われることがあるかもしれません。

これに対しては、毅然と立ち向かってください。管理職を使っても良いので。この風土が教育現場からなくならない限り、子ども主体の教育なんて実現できません。

必要なのは「チーム」

これから、学校現場の「ブラック」を無くすために必要な考え方は「チーム」の発想です。集団競技では、選手それぞれが得意なことと不得意なことを持ちつつ、補い合ってチーム力を高めていきます。

学校も同じではないでしょうか。性別、年齢、成育歴、教育歴、教育観、授業力、生徒指導力、事務処理能力、家庭環境・・・、それぞれ異なる教師が集まっています。

しかし、「子どもたちのために」という気持ちがあるのであれば、手を取り合い、助け合って「チーム」となることが必要です。できないことをそのままにするのではなく、担当でなくともできる人間が積極的にかかわっていく。

困った人がいれば、明日は我が身と考えて、自分事として助けていく。全員がこのような気持ちでいれば、必ず職場は良くなります。

そして、教育現場から、「ブラック」という言葉が聞かれなくなると、私は信じます。やるべきこととできることを一人一人が責任をもってやっていく文化が根付くことを切に願います。

結論・・・教師の仕事は「ブラック」ではない。教師の仕事はチームで乗り越えていくものだ!

職場の無理解に苦しむ先生方、御相談ください!